特集 たる  今までのたる出版「たる」の原稿を一気公開

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第一回 一握りの籾から物語は始まりました(2017.10)

2000年。晴天の昼下がり、一握りの籾から始まった物語がある。それは下呂市の小さな棚田に、突然姿を現した。

一人の稲オタクが、稲の生育を確認するためにコシヒカリの田んぼから飛び抜けて背の高い、十数本の稲を偶然見つけた。「稲が出したオーラに引き寄せられた」と話し、その稲をよく見ると、籾は他品種の1・5倍ほどの大きさで大変驚いた。これが後に『いのちの壱』と名付けられる、日本を代表する美味しい水稲品種の誕生の瞬間だ。この稲の発見者が現在の株式会社龍の瞳の代表・今井隆氏である。

翌年、その新品質の籾を栽培し、収穫して炊いてみると、ポッポと出てきた湯気は瞬く間に部屋中に芳ばしい香りを充満させた。フタを開けると、力強い水蒸気の泡が下からお米を押しのけて通ってくる道「カニの穴」がたくさんあり、混ぜるとすぐに釜に薄い糊がついた。つやつやしたご飯を一口食べ、お米の甘さ、香ばしさ、粘りなど、今までの概念にない美味しさであった。この不思議な籾を丁寧に試験栽培し、遺伝子調査を依頼したが、親となる品種は特定できないままであり、まさに〝奇跡のお米〟であった。

今井氏は、日本のご飯を変える全く新しいお米の発見に、以前から抱いていた夢が湧き上がり、長年勤めた農林水産省の職場を51歳で退職した。

『龍の瞳』の普及を通じて、中山間地域の活性化と低農薬栽培にこだわりぬいて、田んぼの環境改善を図りたいと今井氏は語る。農薬を減らすことで田んぼにトンボやホタル、ドジョウやミジンコなどの生物が住みつき、微生物が土を耕し、まるで一つの生き物のような田んぼ作りを目指す。そんな命がたくさん集まった田んぼでは、粘りがあって、甘く、大きく、美味しいお米が出来上がるそうだ。『龍の瞳』の品種である『いのちの壱』という名前は、そんな願いから今井氏が名付けた。

命が宿った田んぼから生まれたお米『龍の瞳』。日本中の人に一生に一度は食べてもらい、「美味しい!」と笑顔で喜んでいただきたい。

そんな想いを込めて皆様に提供していきたいと、今井氏はこれからも究極のお米作りを目指す。

 

 

第二回 ワインの思い出(2017.11)

私の父親は、とても厳しい人だった。父親が十歳の頃に、祖父が病死をして、女手一つで三人の子どもを育ててきた家庭だったことがその原因だと思う。「やることがとろくさい」といつも叱られながら、小学校の頃から稲作など農業の手伝いをさせられた。その経験によって、今があるのだろう。

『龍の瞳』を発売してしばらくたったある日、中年らしき男性から電話がかかってきた。「こんな美味しい米、初めて食べました…」その男性は嗚咽を抑えきれない感じで、言葉をつないだ。「死んだ親父に食べさせてあげたかった…」そう言って、おいおいと泣き出したのである。面くらったと同時に、思わずもらい泣きしたことは忘れられない。

父の思い出はあまり良くないものが多い。ただ父の私に対する気持ちが表れているエピソードがある。それは私がもらった最初の給与で、父のためにワインを買い求めたときのことである。「ただいま」と玄関を開けると、畳の上に正座していたので不思議な気がした。父は、私が当時、列車で帰省したその時間に合わせて、待っていたのだろう。「これ買ってきた」と言ってワインを畳の上に置いた。父はワインと私を見た次の瞬間に、泣き出したのである。子育ての苦労が報われた気持ちだったのか、私の気持ちがよほど嬉しかったのか、とうとう父の気持ちを聞くこともなかった。

父が泣いているのを見たのはあとにも先にもその時だけである。

私の父は、『龍の瞳』を食べてはいない。また、私が農林水産省を退職してお米の会社を立ち上げようとは思いもよらないことだったに違いない。父の夢は、私が農林水産省出先の所長になることだった。その夢は実現しなかったが、私はとても幸せである。『龍の瞳』の生産農家さんやお取扱店、消費者の方から『龍の瞳』がとても大事にされている、そんな仕事に携わっているから。母に、「向こうに行ったら、親父に『龍の瞳』のことを報告してな」、と話したら、母は「父ちゃんには会いたくないんやさ」と言って笑うのだった。

 

 

第三回 自分探しの旅(2017.12)

還暦を過ぎて、そろそろ人生の着地点をどこにするのかと、考えなければならないと思う。

今から数十年前のサラリーマン時代、送別される立場で、「これから自分探しの旅に出かけます」と挨拶し、失笑を買ったことがあった。しかし当時から結構、本気で考えていた。

「何のために生まれてきたのか」、と問われれば、即座に「それを知るために生まれてきた」と答えることにしている。生きとし生けるものは、いかに自分の遺伝子を後世につないでいくのかに必死である。動物や昆虫の世界では、それが色濃い。人間は頭が良すぎて、本能や勘が衰えてきているのではないか。「草食男子」など昔では考えらなかった言葉が生まれている。

さて話が横道にそれてしまった。私は稲作に携わっているので、自然界の動きには敏感である。一昔前は蝶やテントウムシが野菜にたくさんついて、相当手を焼いていた。ところが最近はほとんど見ることがない。どうなってしまったのだろうか。

広大な田んぼの稲に、毎年散布されている殺虫剤が原因だと思っている。時期的にニコチノイド系殺虫剤が使われだした2000年始めとミツバチの大量死が話題になりだした時期が一致している。また、前述した虫の減少もそのころだったような気がする。自然界に昆虫がいなくなって、果たして人間が生き続けることができるのだろうか。

私が生きる価値の一つは、農薬を減らす農業を追求することにあると思う。そして、これ以上の自然破壊を止めるとともに連綿と守られてきた自然そのものをできれば良くして、後世に引き継いでいくことである。

龍の瞳という稀有な美味しさを持つお米を偶然に発見し、その安全性をさらに高めようとしている。龍の瞳はずいぶんと認知度が上がってきた。それは運命としての仕事に違いない。

生まれてきた以上は、いつ来るかわからない死という終焉に向かって誰しもが「旅」をしているのである。その旅を楽しくするのも、価値あるものにするのも、その人次第だ。自分の人生だから、責任を持つのは自分しかない。

人生の「旅」の中で、旅行は楽しいものである。初めて見る景色、珍しい食べ物に加えて、最近は、人とのふれあいや体験、癒しなども重要な要素になっている。さらに、新たな発見・気付きも付け加えたい。非日常だからこそ、それが叶う。社長という立場にいるとこれは特に重要だ。社用で出張するときなど、商品開発のタネはないのか、有益な情報に遇えないだろうかと期待する。

お酒は旅行の楽しみを倍増させる。その土地のお米と水、杜氏という匠の技の結晶である日本酒を、(さて、どんな味がするのだろう)と思う楽しみだけでも満足できる。

どう生きたらよいのか、旅先で自分へ問いかけたとき、うまい酒が助けてくれそうである。「この酒は……」、とロマンを語ってもらえるようなお酒に出会いたいのである。

 

 

第四回 遺跡から見えてくるもの(2018.01)

四大文明と言われるのは、「メソポタミア」「エジプト」「インダス」「黄河」である。それらの文明化が生まれたのには必然性があり、そして滅んだ理由があった。

例えば現在のイラク辺りに栄えたメソポタミア文明は、肥沃な大地に灌漑施設を引いて小麦を栽培したことが文明の発祥につながった。高い生産性により、人々の暮らしに余裕が生まれ商業が発達する。そして、生まれた富を文化の発展に費やすことができたのである。

ところがそれを阻害する要因が発生した。レンガやパンを焼くために大量の木材を切り出したことで、上流が干上がって乾燥し、次いで大量の水を畑に撒いたことから塩害が発生。結果、小麦の生産量が極端に減少して滅亡の原因になった。これはエジプト、インダスの両文明の崩壊でも言えることである。

物事は順調に発展して、その後、発展を阻害するものが生じ、それを克服しながら次のステージに移る。文明も会社も人生も、ある意味で同じことである。

株式会社龍の瞳は、創業から12年の間に3回程度、危機的な状況があった。私個人でも「夜が明けるのが怖い」ということを経験してきたし、言われなきバッシングにも遇った。そんな時には、援助していただける方が現れて、言葉の魔法で随分と救われたものだ。

危機というものは不思議なことに、一度にまとまっては来ない。慢心したときに、突然やってくるものである。コンプライアンスを順守して、邪なことを考えなければ、何とか危機を乗り越えられると思っている。最近も、商品の取り違えがあり、正直にお客様に間違いを通知して対応したところ、何人かのお客様から「今時珍しい会社ですね。応援していきます」と言われた。疚しさがあると、あるいは疚しいことをすると、なんとなく嫌な気分になり、それが歯車を狂わせる。

私は公務員として長く働いていたので、退職して民間企業の社長をしていても未だに「甘さ」が抜け切れていないと感じる。自分に対しても甘いし、同様に社員に接する態度も極めて甘い。

会社は日々、改善を繰り返さなければいけない。特に現代は流れが速い。ある高級スーパーの例だが、今年三月ぐらいに「ぜひ龍の瞳の甘酒を並べたいので作ってほしい」と要請があったかと思えば、四月には「過剰だから甘酒はもう要りません」と言われた。いろいろなメーカーが、「売れる」とみて参入したことが理由だろう。弊社でも販売を取り組もうとしたくらいだから。

私はいろいろなことに興味を持ちすぎる。それ自体は悪くはないが、その時の雰囲気でついつい首を突っ込んでしまう。だから、じっくりと取り組むことができない。ことが上手くいかずに、どうしてだろうと悩んでいたらふとそのことに気が付いた。自分のことはなかなか分からないが、他人はきちんと見てくれて正しい指摘をしてくれることが多い。当時は意味が分からなかったり聞き流していたが、後になり「ああ、きちんと見てくれていたのだ」と思う。

日本には、200年以上続く会社は3150社もあり、世界最大数とのこと。そういえば、日本には滅んだ文明というもがない。文化として連綿と続いている。ほぼ単一民族で、自然が豊かであり、そして何よりも日本人は善良なのである。

そんな国に生まれた喜びをかみしめるとともに、様々な危機を乗り越える知恵を授かりたいものだと、マジで思う次第だ。

 

 

第五回 公務員時代(2018.02)

私は高校時代、大学進学を目指していた。しかし、事情がありそれを断念し、公務員になることに方向転換。岐阜県職や税関なども一次試験では受かったが、先に採用通知が来た農林水産省に入省することにした。仮に農水省以外に職を求めていたら、『龍の瞳』の発見も、今の私の人生もなかった。

私は岐阜市内の「東海農政局 岐阜統計調査事務所」の経理課に配属になった。四年間旅費担当、その後、出先で総務を担当するなど、経理・総務に十一年携わったのである。そして作物の面積担当係長として同事務所大垣出張所に赴任し四年、さらに水稲の収穫量調査を中心とする作況係長として三年間勤めた。

何にでも関心を持つ性格だったため、稲についても勉強を開始。初めて見る稲の病気や害虫など、図鑑を現場に持参したり農家さんに聞いたりして、一つ一つ知識を修得していき、ついには同僚と比べてかなり高いレベルに到達した。それを買われたのか、平成四年に岐阜市にある「本所」の作況係長になった。翌五年は平成の大凶作と言われる年だった。全国の作況指数は74で、タイ米を輸入せざるを得ない事態に陥る。

私は岐阜県が作況指数84となった要因を徹底的に分析して冊子を作った。今から思うと、とても良い経験をさせてもらった。公務員の常識からすれば、完全に余分な仕事。しかし、何としても分析したいという欲求に駆られたのである。事実、日照不足や台風、病気などの影響が如実に解析できて、岐阜県の農業改良普及員が説明会の資料として活用したぐらいの出来栄えだった。周りからは、米オタクとして認知されだした。

意欲的に仕事をするのは、自分のためである。自分のスキルが高くなり、特に民間企業では「高く売る(待遇が良くなる)」ことにつながる。それを評価しない、上司、経営者であれば、社員はやる気が出なくなるので注意が必要。

私は統計情報組織でその後、企画・広報の仕事を担った。地域の情報をもとに、地域が元気になるというコンセプトで冊子を作成したり、町役場と連携して800軒の農家からアンケートを取って現状分析と将来の予測などの分析書を作ったりなど、積極的に仕事をしてきた。こんな公務員は初めて見た、と言われた記憶もある。

四十路に入ったころ、私は農林水産省の組織には合わないのではないか、という思いを強くするようになった。私の好きなように仕事を任せてくれる上司もいたし、「変わったことをやる」と煙たがる上司もいた。もともと公務員職場では、個性の強い人間は必要ない。決められた仕事を、無難にこなしていく、というイメージ。だんだんと転職したいと思うようになり、農業に携わりながら山と川の幸を生かした生活、六次産業化をどのように組み立てたら自らの生計を立てていけるのか、真剣に考えていた。

そして、運命の出会いが四十四歳の時に巡ってきた。人をして「それは偶然ではない、出会うべくして出会った」と言わしめる、『龍の瞳』(品種名・いのちの壱)を自宅前のコシヒカリの棚田で発見するのである。

 

 

第六回 『龍の瞳』の発見(2018.03)

私は2000年の秋、自宅前の棚田を見回しているときに、コシヒカリの中から背が飛び出している稲穂を見つけた。あれっと思って田んぼの中に入り近付いてみると、その稲穂にはたわわに実った大粒の籾が付いていた。

今思えば、『龍の瞳』がオーラを出していて、それに引き寄せられるように近付いたに違いない。私が発見したというよりは、『龍の瞳』の方から私を見つけてくれたのだと思う。その発見は「偶然」ではなく、「必然」の出会いだった。

当時、私は水稲の収穫量調査に精通した農林水産省に勤める44歳の職員だった。「米オタク」としても通っていた。

飛騨地方の水稲面積は約3000ha。そのうち「ひだほまれ」という酒造好適米が300haほど栽培されていた。ひだほまれは、千粒重(玄米千粒の重さ)が28g程度で背も高く様子が似ていた。穂を見たときに、「なぜひだほまれの種がコシヒカリの中に混じったのだろう」という疑問が沸いた。私の住む地区では、ひだほまれは全く栽培されていなかったからである。

良く観ると縦に並んだ二株の十数本の茎から大粒の穂が出ていた。突然変異という観点からすると、二株から同時に出ることはあり得ない。ただ、1989年に伊勢神宮のご神殿のコシヒカリの田んぼから発見された変異株のイセヒカリも、二株が変異していたとのことで、その一致に不思議なものを感じる。

当時、私は標高500mの下呂市宮田地区に合う品種を探していて、キヌヒカリ、イセヒカリ、豊コシヒカリなどを試験栽培していた。品種に対する関心が高かったわけである。そんなことから、2001年に試験栽培をしようということにつながった。

「一握りの籾から物語は始まりました」というキャッチコピーの通り、本当にわずかの種籾から、『龍の瞳』が始まることになる。

農林水産省の話では、当時、年間約40品種の稲が品種登録されるが、突然変異で登録されるのは三、四例とのこと。ただし、味の良いものはあまり出ない。人工的に美味しい品種同士を掛け合わせて、まさにおびただしい数の品種を作り出しているが、『龍の瞳』のような大きさを有し、甘味、香り、粘り、噛み応えなど特徴のある品種は今までになかった。

突然変異というと、危ない食べ物ではないかと心配をする声が時々聞こえてくる。突然変異は、環境変化に備えて、あるいはさらに種を広範囲に広めるなどして、遺伝子を残していくために自然がなす技である。様々な環境の変化に適合できた種が、滅びずに残っている。突然変異を起こしたり、あるいは生物が進化したりという形で、自らを作り替えるのである。ご安心あれ。

鳥が運んできて種を落とす場合もあるが、それはすでに存在する品種なので新品種とは言えない。後にその可能性も考えたが、稲株の中から派生していたこと、生育がコシヒカリとほぼ同じだったことから可能性はゼロに近い。むしろ、空を飛ぶ龍が種を落としたと考えたこともあるほどだ。

突然変異は、稲の場合は宇宙線や紫外線による遺伝子の変化が挙げられる。人為的な掛け合わせの場合は、遺伝子が固定していないので、いろいろな「品種」ができるが、突然変異の場合は遺伝子が固定しているので次世代への変異はない。『龍の瞳』は、コシヒカリのめしべに他品種のおしべが掛け合わされてできたということでもなさそうである。

ちなみに、遺伝子鑑定専門の会社に調査をしてもらったところ、飛騨地方で栽培されている水稲品種のどれからも、親になるおしべの品種が該当しないとのことだった。しかも、コシヒカリの遺伝子も引き継いでいないとのおまけまでついた。親が分からなかったということで、六カ月もかかって分析してもらったのに、「検査の代金は結構です」と言われた。お言葉に甘えたのであるが、今でも申し訳ない気持ちでいる。

『龍の瞳』が「奇跡の米」だと言われているのは、美味しさに加えてこのような発見の物語があるからに違いない。

 

 

第七回 『龍の瞳』と「いのちの壱」(2018.04)

商品名はとても大事である。一度で覚えてもらえ、商品の用途や開発者の想いを表している名前が良いと思う。

龍は水の神様である。私は「龍」という字を、何としても品新種のお米の名前に付けたかった。

当時から、山を広葉樹と針葉樹の混交林変えたいという願いを持っていた。日本の山は、杉や檜の無計画的な植林によって日光が地面に届かない状況になったことから、下草が茂っていない。広葉樹による落葉も少なく、土壌も補給されないのである。そして、保水力が少なく、雨が一気に山肌をつたい川に流れ出て、洪水にもつながる。また、土壌から染み出てくる養分が少なくなり、田んぼに入る水にまで影響が及ぶ。さらには健全な海が育たないので漁業にまでマイナスの影響が出ている。

水稲というくらいに稲には水が、それもミネラルに富んだ良い水が必要。また、できるだけ農薬を少なくして栽培するに越したことはない。そうすれば、下流にも負荷がかからない。少し脱線した感があるが、それほどまでに水を大切にしたかった。

さて、「龍の」は決まった。その下にどんな字を付けるかであるが、心、想いなども浮かんだものの、やはり「瞳」が一番だと思った。精米したお米が、目に似ているのである。胚芽部分が目頭である。龍の瞳のように米粒も大きい。光り輝いて欲しいという意味を込めた。

『龍の瞳』は、最初は品種名として考えていた。したがって、それは農林水産省に新種登録を申請した時の稲の名前であった。しかし、品種登録されるよりも商標登録の方がはるかに速いので、その間に第三者が「龍の瞳」で商標登録すると、私が考えた「龍の瞳」の使用できなくなるとの助言を受けた。また、種苗登録は25年すると権利が無くなってしまうので、「龍の瞳」で商標登録したほうが良いとのことだった。

品種登録は農林水産省、商標登録は産業経済省の所管であり、両者の間でどちらかに先に登録された名前は、他方には使えないとの協議がされたとのこと。

早速「龍の瞳」で商標出願をして、テクニックを使って6カ月ほどで登録された。品種登録には3年ほどかかったのちに、農林水産省から「商標に『龍の瞳』があるので、品種名を替えて欲しい」と連絡があるのでその時に「龍の瞳」を商標にするのか品種名にするのかを考えれば良い」というアドバイスを弁理士さんからいただいた。

また、品種名と商標とを別の名前にした方が良いとも言われた。今でこそ、当然の考えだと分かるのだが、当時はそんな考えは及びもつかなかった。

私は、「龍の瞳」で商標を取り、商品名して流通することにしたのである。

次は品種名を考えなければいけない。友人が「『今井一号』でいいんじゃないかと言ったが、私は『龍の瞳』が見つかった番地をそのまま『417号』とする案など、本当にいろいろ考えあぐねた結果、「いのちの壱」とした。

それは稲が次世代につなげる種である「いのち」を頂き人間が生き存えていること、低農薬の田んぼは、命が巡り巡っている場であることなどから、「いのちの壱」という品種名にしたのである。

「龍の瞳」という米の商品名も、また品種名としての「いのちの壱」も当時としては極めて斬新的な名称であった。

初めて生産者の前で品種名「いのちの壱」を発表した時の「はぁ」という驚きとも苦笑ともとれる声が聞こえてきたことを、今でもはっきりと覚えている。

 

 

第八回 ミミズが教えてくれたこと(2018.05)

〝低農薬〟栽培、あるいは無農薬栽培を行おうと強く思ったひとつの事件があった。35年ぐらい前のことにも関わらず、今でも頭に焼き付いている光景だ。

『龍の瞳』を発見した田んぼに連なる棚田でのこと、穂が出て間も無くの頃に、殺虫と殺菌の混合粉剤を散布して、さあ帰ろうとした時である。水の取り入れ口付近で大きなミミズが二匹、跳ね回って苦しんでいる姿を目にした。ミミズは普段地中にいて、土そのものを食べたり、地上の落ち葉など半ば腐食したものを食んでいる。地表付近にいたミミズだろう、水口の近くだったことから湿っていて、すぐに農薬が土に染み込んだ結果だと思われる。粘液を出していたらしく、体が光っていた。

私は、加害者であることに、大きな罪悪感を感じた。ミミズは益虫で、土を団粒構造に変えるとともに土がミミズの体内を通る際に微生物が増殖し、たくさんの窒素やカルシウムなどを土中に放出している。

二十歳の頃だろうか、小説家の有吉佐和子さんの『複合汚染』を読んでいた私は、土が農薬で汚染されて最初に昆虫が死に、当時は農薬に対する防護を取らないことも多かったことから、場合によっては、農薬を直接吸い込んだ農作業者が命を落とし、土や水が汚染されていることを知識として知っていた。少なからずショックを受けた私が、農薬に対して特別な想いを抱いた瞬間でもあった。

ではどのようにして農薬を減らしたら良いのか、私は独学で研究を始めた。当時は農林水産省の末端の職員として、農家さんに接する機会も多かった。それで罹病した稲の病名を農家さんに聞いたところ、ほとんどの農家さんが「知らない」と返答。害虫に関しては、十人が十人、関心も知識もない状態だったのである。本来は多少なりとも知っていなければならないはずなのに、と思っていたのでとても驚いた。

その理由を考えてみたところ、農協や行政が一斉消毒を要請して、さらに当時はそれに補助金を付けて地域一体として取り組んでいたことから、どの病気や害虫に対応する農薬なのか、知らなくても良い仕組みが出来ていたのである。一斉消毒を否定するつもりはないが、現在ではカメムシの被害は黒い斑点米を除去する色彩選別機という優れものが普及していて、斑点米と言われる黒い色が付いた玄米を除去できるので、一斉消毒をしなければならない根拠が減っている。むしろカメムシを食べてくれる益虫、アマガエルや蜘蛛などの減少につながることの方が問題である。害虫のみならず、すべての昆虫や鳥類に悪影響を与えていて、当地方でも、かつてはたくさんいたモンシロチョウやスズメがほとんどいなくなってしまった。そのことが話題にもならない。

『龍の瞳』の栽培で、最初から究極の〝低農薬〟栽培を目指して「必須項目」としてマニュアル化したことは正しかったと自負している。

しかしながら、消費者の方には、この想いをあまり伝えていなかったことは反省点である。今後は、『龍の瞳』という稀有なお米を、どのような気持ちで契約農家さんが栽培されているのかも含めて、ご紹介すべきだと考えている。

 

 

第九回 「梅」からの学び(2018.06)

四十年ほど前のことである。記憶の彼方に消えかかっているものの、今でも断片的に蘇る。私が地域の活性化を念じた出発点であった。

季節は六月、小雨が降っていた。梅を取って出荷するという母と一緒に、カゴを持ち「龍の瞳」を発見したすぐ近くの畑に出かけた。実生(種からの一人生え)だという樹齢二十年ぐらいの梅の木に登って、梅を収穫した。葉っぱや枝、変色した梅を取り除き、一㎏に袋詰めして、地区にある八百屋さんまで運んで、高山市場への出荷を依頼した。収穫と選別などに要する時間は二人で三時間ぐらい、できた袋数は二十ぐらいだったろうか。

ある日、高山市場から伝票が届いた。一袋が六十円ぐらいと、手間代にもならない現実に愕然とした。生産者が価格を付ける仕組みを作らないと、あまりにも惨めだと感じた。店頭に並ぶ価格との差は相当あると思われ、その差額はどこに行ったのかと、疑問に思った。

今でこそ、インターネットや産直店舗など生産者が直接、消費者に販売できるシステムができあがっているけれども、当時は市場を通して流通することがほとんどだった。

私は、農林水産省で統計・情報業務に携わっていたので、生産者さんに調査などで伺うときには、できるだけ経営に役立つ情報を探して持参することにしていた。安い輸入品に押されたりして、生産者さんは非常に厳しい経営環境にあったからだ。

その後、広報の仕事を行うようになり、農村社会、特に過疎地域が将来どうなっていくのだろうかと、ある町の八百人ぐらいの農家の方にアンケートを書いてもらって分析したり、元気の良い農家さんを取材したのち、二十例ぐらいを集めて冊子を作ったりした。

取材を通して、知り合った地域のリーダーと、一個人の立場で「農業・農山村交流会」を組織し、泊まり込みで酒を酌み交わしながら交流を続けた。

田舎は、水源になっている山を管理していることから、治山治水の元締めの仕事も担ってきた。山や耕地は酸素を作り出し、食糧を供給すると同時に、都会人に憩いを提供するエリアである。いわば日本の屋台骨でもある。

田舎で育った子どもたちは高校を卒業すると多くが都会に出てしまい、過疎化がますます進む。後継ぎがいない所帯も増えている。しかしながら、田舎を良く観ると様々な財産が眠っている。手先の器用な農家さんや知恵者、自然に生えてくる山菜やキノコ、綺麗な空気などなど。

幸運にも「龍の瞳」と出会い、食べて美味しさに驚いたとき、中山間地を活性化したいと逡巡していた私の夢が、瞬時に像を結んだ。これを起爆剤として、下呂市の活性化ができると。

耕地整理で畑そのものがなくなってしまったために、梅の木は現在見られないものの、件(くだん)の出来事と梅の木は、いつまでも原風景として私の心に残っている。

 

 

第十回 生産組合の立ち上げ(2018.07)

2000年9月に『龍の瞳』の原種を発見して、試験栽培したのち農林水産省に品種名「いのちの壱」として新種登録された『龍の瞳』は、4年後の2004年に、新たな展開を見せる。

私一人で『龍の瞳』を栽培するという方法もあったものの、作付けを広げて美味しくて安全な『龍の瞳』をたくさんの方に食べてもらいたかった。また、中山間地の活性化、「低農薬栽培」の拡大で自然環境を良くしたいという気持ちもあり、生産組合組織を作ることにした。

種籾を渡して龍の瞳を生産してもらい、厳密な栽培マニュアルのもとに生産、全量買い上げというシステムである。

そこで私が知り合った農家さんなどに試験栽培をお願いして、2004年に龍の瞳生産組合を作り、規約を決めて生産に入っていった。当初から、「低農薬栽培」をするという約束だった。

当時は「低農薬」という考え方は珍しい地区で、いわば変わり者ばかりが集まったと言える。私も入れて「八人衆」から栽培が始まった。2004年の栽培面積は90 なので本当に試験という範疇であった。

すでに『龍の瞳』を食べていた農家さんは、士気が高かったものの、「芽が出てこないけど、種は生きている?」、「葉っぱが垂れ下がっているが大丈夫なの?」、「穂がちっとも傾かないけど、そういう品種なの?」などなど、初めて栽培する品種なので質問が多かった。私でさえも、栽培経験は3年しかないので、完全に手探りの状況だった。

『龍の瞳』は、当時は私の子どもと同等に可愛くて仕方がなかった。むしろ、子ども以上に情熱を注いできた。「龍の瞳は私の分身です」という言葉をよく言った記憶がある。

『龍の瞳』への熱意、私が中山間地の農業を何とかしたいという気持ちも、生産者さんに伝わったと思う。

自家消費を除いて、全量を買い上げるという契約栽培。お米の価格は、栽培の始まる前の二月ぐらいに決定するので、時の米価相場に左右されることなく経営計画が立てられる。通常の三分の一程度しか農薬が使えないために手間と苦労が掛かるものの、買取り価格も一般米と比べて相当に高く、栽培するメリットのある夢の米。

契約農家さんは、継続的に『龍の瞳』を栽培したいので、「龍の瞳は売れているのか」とか、「命を懸けて栽培しているので絶対に会社を倒産させないで欲しい」などと経営まで心配してくれていた。

契約農家さんの栽培に関しては、常に監視しているわけにはいかないので、基本的には信頼関係の上に成り立っているものの、会社としてはそれを担保する必要があるので、栽培履歴の提出や田んぼの巡回を年2回ほど実施してきた。人と人との関係は、きれいごとだけでは進まない。一定の緊張関係と信頼関係のバランスを、今後も追求していきたい。

それにしても、現在日本で米作では二十数件程度しか取得されていない生産工程管理の国際規格であるグローバルGAPを弊社が取得するまでになったことは、私も含めて誰も想像できなかったに違いない。

十年後、『龍の瞳』が生産者さんとの関係をどのように築いているのか、私の考えを実現できているのか、楽しみである。

第十一回 コンセプトの作成(2018.08)

『龍の瞳』を世に広めようとしたとき、コンセプトの重要性を強く感じた。友人に相談したら、まずは下書きでも良いから想いを書いてみたらと言われて、それまで頭の中で描いていたことを絵図と文字にしてみた。さっさっと十分ぐらいで図1を書き上げた。2004年8月21日のことである。

生産物の価格低下にあえぐ、下呂市や飛騨地域の農家所得の向上と地域の活性化、観光との結びつきなどなど、現在考えていることの基があり14年も経過しているけれども、何らぶれてはいないと思う。ただし、「言うは易し行うは難し」のことわざ通りで、私の力不足を感じる。

文字というものは、力を持っている。一つの短文が、とても深い意味を持つ。例えば、見にくいが図1中に「龍の瞳はワサビの育つ水で作りました」とある。用水路にワサビがなければ、株を分けて育てなければならない。すべてをそのような環境に持って行くのは、例えば平坦部などではとても無理なので、スローガンとして考えるのか、他に別の植物でも良しとするのか、という話になる。

また、「自然とやすらぎを求めて田舎へ」とあるが、誰にどんな方法で広報して人を集めるのか。田舎に来られた人をどのような方法で楽しんでいただくのか。当時考えていた思索が、現在ではかなり具体的に考えられる経験と組織力を付けることができている。

例えば、田植え体験、虫の観察会、稲刈り体験を行い、山野草のてんぷらなどを振る舞いながら実体験を提供する、できれば下呂市内の旅館に宿泊していただいて、温泉を楽しめるような設えである。

最近では、東京農大川嶋舟准教授が指導され、「一般社団法人おらがまち」が行っている障がいを持たれる方との関わり「米作り、人づくり、酒造りプロジェクトin下呂」の企画が進行中である。

農業は作業に集中することで、頭を空白にする。草取りなど、自分のやった仕事の成果がはっきりとした形で残る。「引きこもり」など心の障がいを持たれている方には、特にお勧めである。

あれもこれも青写真がなければ、話は進まない。そういう意味では、言霊ではないけれども、文字の魔力というものはある。文字を生み出すための発想力、考え方の整理、推進しようとする情熱が根底にあることは言を俟たない。

企業の目的は何なのか。利潤がなければ何もできないので、その追求はもちろんであるが、地域に愛される企業になるためにはその関わりを明確にしなければならない。地域が幸せになる、人の心も経済も自然も豊かにならなければ、それが実現したとは言えない。

図1は、会社の出発点であり、その後に書いた「龍の瞳物語」に繋がる原点である。これをおろそかにするとブレてくるので折に触れて、見続けていきたいと改めて思う。

第十二回 童話「カエル太郎の冒険」(2018.09)

突然「生きた証」を残したくなったのは、三十路を過ぎた頃だった。当時はまだ独身で、このまま一人で人生を終わるのかととても心配になっていた頃だった。そこで考えたのが小説で、いきなり短編を書き始めたのである。

私が文学好きになったきっかけは、小学生の頃にまでさかのぼる。五年生の時に、授業で「神経」という題の詩を書いた。

「豊君にほっぺたを叩いてみ、と言って 豊君が私のほっぺたを叩いたら ほっぺたがじぃーんとした これが神経だと思った」という内容の詩であった。その詩を校長先生がいたく気に入り、ずいぶんと褒められた。それ以来、読書が好きになり、詩や日記を書くようになった。

『龍の瞳』の発見が、『カエル太郎の冒険』を書くきっかけになったことは間違いない。そもそも私はカエルが大好きである。魚類のライギョなどが3億6000万年前に海から陸に上がった。それが両生類で、鰭は手足へと変化した。カエルは、皮膚が柔らかいのにもかかわらず、よく今まで生きながらえてきたものである。

子どもの時から、カエルの鳴き声をどれだけ聞いてきたか、また、カエルが跳ぶ姿をどれだけ見てきたか。時には、蛇に飲み込まれようとしているカエルも。

『カエル太郎の冒険』は、児童文学である。友人が「ましたの絵本の会」を立ち上げて、当時私がすでに書いていた童話を自費出版することになり、2004年に2500部ほど作った。この作品は、地元の本屋さんに並べられたり、私が個人的に販売したりして、多少の売り上げがあったものの反響は少なかった。小学校に無償で配ったこともあった。

物語はこうである。『龍の瞳』の里は、カエルたちにとって餌も豊富で環境が良いので、楽しく暮らしていた。ある時、カエルたちが輪になって集団でゲロゲロとないているところに、こっそりと子どもがやってきて、中心にいる大きなカエルを網で捕まえる。家に持ち帰ったその夜に、たくさんのカエルたちが集まってきて合唱を始めた。その声が、「僕たちはー 宇宙ガエルー♪…」のように聞こえた。子どもは、カエルたちが宇宙から地球の環境調査のためにやってきたロボットガエルであることを知り、翌日捕まえたカエルを田んぼに返す、という内容である。

ちなみに両生類は、皮膚が露出しているので、酸性雨や乾燥などの影響を受けやすく、今のままの減少率が続くと100年ぐらいで絶滅すると言われている。

カエルは日本の田んぼを代表する生物であり、愛くるしさと無邪気さが人の心を和ませる。何とか絶滅させまいと思い、オタマジャクシを守るために田んぼを干さないように気を使ってきた。最近は、虫も少なくなっていると感じているが、カエルも同様である。カエル達が増える日を、静かに待ちたい。

第十三回 商品力(2018.10)

商品力はとても重要である。良い商品ができたとしても、実際に消費者に買っていただかないことには、企業は存続が困難となる。

古い資料になるが、2006年版中小企業白書によると、企業生存率は、起業10年で26%(製造業・従業員4名以上)である。つまり、起業しても4社に3社は10年後には倒産しているという現実がある。

株式会社龍の瞳は、今年10月に創業12年の節目を迎える。公務員からの転職・創業であり、私の経営能力に鑑みると「今までよく続いて来た」と思っている。

倒産の理由は、資金ショートがほとんどとか。逆にいうと、お金が回っている間は潰れない。商品が売れなくなる、売れていても利益率が低下するということは、企業にとって死活問題。売れる商品を作ろうと必死になり、次から次へと新商品が生まれて、ほんの一握りが残っていくというのが現実ではないだろか。すでに売れている既存の商品群があり、そこに割り込む形になるからだ。

お米の世界でも同じことである。『コシヒカリ』という36%を占める米市場の中に、例えば『新之助(新潟県)』、『ひゃくまん穀(石川県)』などの新品種が参入し、まさにお米戦国時代の様相である。

お米屋さんも消費者も選択の余地は増えたものの、ある意味困惑しているのではないだろうか。当然そこには味や価格など産地間や品種の激しい競争が生まれ、生き残っていくのが難しい。お米の場合は、毎年1%程度需要が減少しているのでなおさらだ。構造的にはお酒業界も同じだと思う。

『龍の瞳』は、奇跡的な発見というストーリー性、見た目の大きさ、今までにない良食味という商品力で生き残ってきた。さらに、都内のデパートなどでは、あちらこちらで取り扱っていただいている。品種の特性である、玄米が割れやすいこと、穂が出てから刈り取りまでの日数が長いのでその間に病気になることや、農薬を押えていることから栽培が難しいなど、様々な欠点がある品種である。生産者に対する栽培指導、弊社の精米技術などを磨くことで乗り越えてきたし、現在でもその努力を続けている。

『龍の瞳』に限ったことではなく、これらはどの企業でも行われていることであろう。しかし、その努力の度合いが将来の商品力を決めるということも事実である。その結果として、昨年より少し進化した『龍の瞳』をお届けできていると思う。

今年の1月から私も含めて複数の社員が、とあるマーケティング研修に参加し、「どうしたら売れる商品ができるのか」について学んでいる。パッケージデザインは、私が想像していた以上に重要であることに気づかされた。人間の嗜好は、大きな違いがない。色彩感覚、形の好み、文字の配列などなど。対面販売でなければ通常、商品の棚の前で、商品と消費者は無言で向き合っている。どの商品に手を伸ばすか、何に注目するのか、いつも買っている商品でない限り、お客様はパッケージと価格で購入する商品を決めることになる。それを本当に理解している商品開発担当者は少ないと思う。

『龍の瞳』の関連商品として、お酒やレトルトご飯、米せんべいなどを製造してきた。売れないなどの理由で製造中止にした商品も多い。『龍の瞳』というお米のブランドがあっての関連商品であり、土台が崩れたらすべてなくなってしまう。

冒頭に書いた、企業の存続に資する対策は、危機管理能力、ニーズに合った商品作りだと言われている。私も最近、そのことを強く認識するようになった。「昔、『龍の瞳』という米があったなぁ」などと言われないように、ひとつ一つ課題を乗り越えていきたいものである。

第十四回 雑感(2018.11)

最近、ケーブルテレビの取材を受けた。インタビューのなかで、インタビュアーから「龍の瞳」を発見して一番良かったことは何ですか?という質問があった。

一言ではいえないものの、「龍の瞳」という稀有な水稲品種をたくさんの人に食べていただき喜んでもらえたこと、お米の世界に入り込んで、いろいろな人に会えて人間関係が広がったこと、と私は答えた。

改めて今、そのことについて考えているところである。

14年間蓄積された、2400名のアンケートがある。これを見ると、通常食べているお米と比べて「龍の瞳」が「非常に美味しい」と答えた方は、80%を占めている。「今まで食べたお米の中で一番おいしかった」という回答も枚挙に暇がない。自らの手で、偶然発見したということ自体は、本当に良かったと思う。

通常であれば62歳という年齢の私は、継続雇用か他の仕事に就いているはずであるが、幸いにも社長としての仕事があり、それも生きがいを持って毎日過ごせるという幸せ。困難なことが毎日起こるものの、それを解決していく気力を持ち合わせているという幸せを感じる。

そして、営業に出かけたりいろいろなところで話をする機会を持たせていただいたりと、人との関係を作ってきたということは本当に良かったと思う。

しかし、一番は、これらのことを通して私自身の悪いところが本当にたくさんありそれを自覚し、直していかなければいけないと思うようになったことである。また、人は善人ばかりではなく、ずるい人間もたくさんいることを知ったことも大きい。私は極端なお人好しで、相手もそのように動いていると思っていたフシがあるのだが、この年になり人は欲に動かされていて、逆にその欲と戦っている生物であるということに気づかされた。

「人」という漢字は、お互いがつっかい棒となり、支えあっている姿を現しているという。どちらかのつっかい棒が外れると、相棒はバタンと倒れてしまう。人間社会では、実際に「外れる」ことが時々見られる。

今まで、自分のことを客観視できていなかったと思い知らされている。このことは、人を罵ったり、逆に罵倒されたり、嫌な面を垣間見たりという経験の中で自然と培われた成果である。

中には本当に善良な人がいて、この人たちとともに生きていければ幸せになれるという人と出会うことも非常に多いのである。

次に件のインタビュアーは「これから龍の瞳をどうしたいですか?」と問うてきた。私は少し考えて、「まずは日本人として、一生に一度は龍の瞳を食べて欲しいです」と答えてから話を継いだ。「世界に「龍の瞳」を広めていきたいです」と。

これから日本は人口減少で米の消費も減っていく。日本文化の中心である和食、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食を世界に広めていきたい、その中心にはお米がある。韓国、中国、台湾、アメリカなどのお米を食べたが、味の面では日本のお米は最高である。つまり日本のお米の一番は、世界の一番である。「龍の瞳」の味を維持するために、私の出来ることを直向きに続けている。

そして、私の夢の一つが地域の活性化に寄与することである。契約農家さんの所得の向上、学校給食と子ども食堂への寄付、使用学校の稲刈り体験程度しか協力できていない現状を踏まえて、今後何ができるのか静かに考えていきたい。

第十五回 日本酒(2018.12)

私はお米の専門家であるものの、酒造りについては全くの素人である。創業当初から、酒造りの想いがあったのは飛騨地方では古くから農家にどぶろくづくりが息づいていたことや、創業当初に友人から強く酒造りを勧められたことによる。酒販小売りと卸の免許を取得して、「龍の瞳」のどぶ酒、焼酎、日本酒、味醂を委託製造していることは、感慨深い。今では故人となったその友人は、下呂温泉で、美味しいご飯と美味しいお酒により旅人をもてなしたい、と常々言っていた。

地元の酒蔵で、「龍の瞳」の大吟醸を造ってもらったのは、2005年頃のことであった。住宅の扉を作っている大手の会社が、創立50年の記念に「幸せの扉」という名前の大吟醸酒を造りたいので原材料として、「龍の瞳」を提供して欲しいという依頼があった。出来立ては白ワインのような風味で非常に良かったのであるが、3ヶ月も経つと劣化が早くて雑味が出たということで、私にとってはそれが、トラウマとなった。

「龍の瞳」は不思議なお米である。食べても美味しく、お酒にしても酒造好適米ではないにもかかわらず、最高級のものができるのである。粘りが強いので、麹菌が入り込めず、酒造りには本来は向いていない。そもそもデパートで1㎏1500円もするお米をお酒にする必要はないという意見をたくさん聞いてきた。しかし私は敢えて、聞き流した。

「龍の瞳」の特徴は、亜鉛が多いことである。明治屋の松沢社長と面談する機会があった時に、「発酵には亜鉛が欠かせない」という話をお聞きして、はたと長年の疑問が氷解した。

「龍の瞳」の玄米を玄米酵母液の原材料に使用すると非常に発酵が早く進むということが、亜鉛が多いことに起因していることが分かったからである。

翻って、酒造りにおいても、同様に発酵が早いということが分かっている。日本食品分析センターで「龍の瞳」のミネラルを調べたのであるが、亜鉛以外には特段多いミネラルは見つからなかった。しかし、私は米本来の持つ、甘味も理由の一つだと思う。何せ、「龍の瞳」の花の時期にはミツバチが花粉を集めに寄ってくるのである。他の稲の品種では、そのようなことを見たことがない。

このほど、「龍の瞳」の純米大吟醸を造っていただいた高名な杜氏さん、そして、たる出版の高山会長も「龍の瞳」の酒造米としての能力の高さを評価し、山田錦と双璧となる可能性を示唆していただいている。食べても美味しく、お酒にしても旨いという品種は、かつて日本にはなかっただろう。

ある時、「龍の瞳」の純米吟醸酒の上澄みを呑み、その後、瓶を軽く振ってから呑んでみると、全く味が違うことに気が付いた。このことを某酒造会社の社長に話すと、「味が違うことはあり得ない」と強く否定された。しかし、本当のことである。また、かつて親父がどぶろくを造っていた時に、上澄みがすっきりしてとても美味しいことに気づいた。

龍の瞳純米大吟醸の、「上澄み」は少なくとも弊社社員の飲み比べでは明らかにすっきり感があり、顔色におしなべて驚きが見て取れた。前述したように私はお酒の専門家でもないし、利き酒もできない。しかし、長年、関心を持って日本酒を飲み比べている間に、醸造用アルコールが入っているのかいないのか、吟醸と大吟醸の違いについて、なんとなく分かるようになってきた。

今回の龍の瞳純米大吟醸は、ラベルを北川一成さんが直々にデザインされた。また、龍の瞳のグローバルGAP米を使用しているという希少性も兼ね備えている。ちなみに、グローバルGAPとは、農作物の生産工程管理の国際規格である。生産工程がきちんと記録されているので、より安心である。

製造元は有田の松尾酒造場。今年、お酒の各種コンクールに多数入賞している。なぜ有田なのと、不思議に思われるかもしれないが、ミス日本酒とのご縁をいただき、オールジャパンで世界に向けて日本酒を広めようという意気込みに、私が感化されたことに他ならない。

第十六回 クレームと苦情対策(2019.01)

クレームのもともとの意味は、法に抵触するような重要なことがらのようである。苦情もクレームと同義語に使われているものの、厳密には苦情は「コンプレイン」と呼び区別すべきだという。クレームは、お米で言うと食品の表示に関する「一括表示」と呼ばれる産地、年産、品種、精米月日などが間違っていたり、栽培期間中農薬不使用米と有機ジャス米を取り違えて表記していたりなどが該当する。

お米が不味かった、色が黄色いなどの問題は、苦情(コンプレイン)なので、買い手の感情に左右される。人により差があり、その時の気分によって行動が違ってくる場合もある。

苦情そのものを否定すると、お客様の感情を逆なでして、ことが大きくなるので気を付けなければならない。まずは、「申し訳ありません」とお客様が電話をかけざるを得なかったことを謝る必要がある。そして、メモを取って内容をきちんと把握するべきである。

感情なので、お客様が納得する説明や対応があれば、逆にその会社や商品のファンになる可能性を秘めている。苦情を言いたくなるのは、その商品をまた買いたいと思うからで、決して疎んじてはいけない。むしろ苦情を言っていただけるお客様は神様なのである。その後ろには何百人もの、同じことを考えているお客様がいらっしゃることを思い起こしていただければ、いかに「神様」なのかが分かる。きちんと苦情に対応できれば、顧客満足度が向上して、売り上げが伸びることは間違いない。

弊社では「サイボウズ」という社内管理システムで、クレームと苦情を整理している。クレームは法的処罰の対象になるほどことが重要なので、弁護士などに相談してすぐに対応できるような準備が必要となる。

昨秋、こんなことがあった。契約農家の出荷段階で「はさ干し米龍の瞳」と「低農薬龍の瞳」との取り違えを行い、弊社でもそれに気が付かずにはさ干し米に「低農薬」を混ぜて発送してしまったことがあった。弁護士に相談して、合計200名以上のお客様にお詫文書とともに再発送した「事件」。「黙っていたら分からないことを、今時、珍しく正直な会社で感動しました」というメールをいただき、150万円ぐらいの損失をしたけれども、後ろ指を指される心配もなく、心は穏やかに過ごせるので良かったと思った次第だ。また、リスクマネジメントができているかが重要で、問題の小さいうちに解決することで、将来、大ごとになるのを防ぐことになる。「もみ消し」は、さらに大きな「もみ消し」につながりかねず、被害を大きくする。最悪は、倒産に至ってしまう。

さて、創業当時は農家である生家の納屋で精米を行い、虫の混入や、品質管理不足から斑点米の苦情などが多かったことを思い出す。そのたびにたくさんのお客様が離れていかれたことは言を俟たない。現在、金沢市でマーケティングの研修に参加して、そこでは「苦情法」というアンケート手法を学び実践している。嫌いだと思うもの、悪いと思うものを集めてその理由を聞き、系統立て、そうしたことをやらない、作らない、逆に、良いと思われるものは改善する必要がないので、その理由を問うことはしない。

アンケートを集計すると、結果はほとんどの方が納得されるものが選ばれる。人間の考えていることは、ほぼ同じということに驚いたものだ。「改善して欲しい、こうして欲しいということは何ですか」、「新商品企画に対する意見をお願いします」と聞いて回れば、お取引先はいろいろな意見を言ってくださる。それを改善していけば、「買わない理由」がなくなる。あとは言わずもがな、であろう。

弊社は創業13年目を迎えているが、この間30年ほど生きてきたような濃密な経験と人間関係を作ってきたことに、とても感謝している。

第十七回 整理・整頓と習慣(2019.02)

手羽先の「世界の山ちゃん」創業者である山本社長と、10年ほど前のこと、直接、話をする機会があった。強烈に印象に残っている言葉が、「机の上を綺麗にし出したら、急に仕事がうまく行くようになりました……」。今、その言葉を感慨深く思い出している。

昨年の10月のことである。マーケティング研修を受け入れている会社の面々が、高圧洗浄機を持って来社され、駐車場を中心に清掃を。もちろん、私も参加した。

その後、私は弊社社屋横の側溝などを高圧洗浄機で綺麗にした。そして、社内で一番汚れていた机の上の整理・整頓に着手した。現在では、どの社員よりもきれいな机になっている。

書類も「未決裁」と「決裁済」を横に並べて置いていたので、その分、机のスペースが狭くなっていたが、未決裁トレーの下に決裁済トレーを置くことで机の上にスペースができた。ちょっとした発見であった。

そして実感したのが、整理・整頓をすることが、会社並びに自分の利益につながるということである。

強烈な動機付けは、習慣の「母」であろう。以前、思い付いたように、机の上を綺麗にしたことはあったが、一週間もたたずに元の木阿弥になった。しかし、今回は未だに継続中である。

整理と整頓は、似ていて非なるもの。整理は、要らないものを捨てること。従って、まずは整理を行う。整頓は、決められた位置に物を置くことをいう。

要らないものを置いておくことは、物を探すのに邪魔になるだけではなく、頭の中もクリヤーにならない。整頓も同じで、決められたところにきちんと置いてあることで、効率よく仕事ができる。

人間の性格は、遺伝子に刻まれたもの。あるいは、生まれた日により、決められているものだという四柱推命のような考え方もあり、私は両方とも正しいと思っている。それを実感するような経験もしてきた。

しかし、性格はだんだんと変えることができる、動物と違って人間はその能力がある。変えようとする意識を持っているがうえに、人間たり得る。たくさんの良い習慣を作ることにより、性格そのものがだんだんと変化していく可能性があるのではないか。

私の机の上が綺麗になった約一か月後に、何も言っていないのに、少しだけ机を片付けた始めた社員が出てきた。

人の行いを変えようと思ったら、まず、自分が実践して変わることだと実感した。人はなかなか、自分の思うようにはならない。自分を変える努力をしないで、人に「こうしなさい」などと言って変わってもらうことの方が実は難しいのである。「まず、自分が変わる」という言葉の意味が、なんとなく分った。

私の親戚が、興味深いことを言った。彼は自分の机の上、引き出しの中にほとんど何も物が入っていないそうである。書類関係については、どう処理するか決めて、作業をした後に部下などに回してしまうという。処理するときにはそれなりの労力がかかるが、そこを乗り越えれば非常に楽だとのこと。

管理職だった彼は、書類などがどうなったかについて思いを巡らしているところがすごい。

自分のことに精一杯だった私は、これではいけないと感じて少しずつ改善してきた。良い先生が身近にいたことに、最近になって気が付いた次第だ。

昨年12月、JR高山駅前に「おむすぴCafé」を改装オープンした。お店に行ったときには、まずトイレ掃除をすることにしている。こちらも習慣になりつつある。

第十八回 時間というもの(2019.03)

編集部に私から無理を言って、題から「サクセス」を消していただいた。「龍の瞳」を通した事業が、まだ「サクセス(成功)」していないことを、起業13年目にして強く意識するようになったからである。

会社運営にはおびただしい無駄を積み重ねてきたものの、面白いことに無駄と思っていたことが、実はそうではなかったということも時々ある。似たようなことで、苦労が将来の大きな楽の「母」であることは、「苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし」という人生訓として残っている。

時間は人々に平等に与えられている。この時間の使い方そのものが、人生なのである。しかも何に使うかは、その人に任せられている。どのようにしたらもっと効率よく仕事ができるか考える時間は非常に大切で、特に経営者の立場では、そのような従業員を大切にしたい。考え続けていることが、ふとした思い付きを生む。逆に、意識していないところからは、何も生まれない。

私には、こうしたいという強い動機付けがあるようで、人からは「夢を追っている」と言われることが多かった。それゆえ、大きな失敗をたくさんしてきた。例えば、創業当初、慢心から、「NPО法人龍の瞳倶楽部」を設立して、農作業体験の基地として古民家を購入、個人資金を750万円投入し、その後700万円ぐらいかけて修繕したが、結局、安価で売却することになってしまった。その時に掛けた時間と費用を他のことに使っていれば、もっと会社が良くなっていたはずである。

経営判断が必要な時には、社員の意見をよく聞くという慎重さが必要だった。「後の祭り」ではあるが、経験というものは、あくまでも自分の財産なのだと考えて、くよくよしないことだ。

人は目覚めたすぐは、非常に頭が良く働くものである。私は、原稿書きには主に早朝の時間を当てている。また、重要な仕事は起きてすぐに行うと、判断を間違うことが少ないと思う。夜中に布団の中であれこれと考えたことが、朝起きた途端に、「バカげた考えだ」と気づくことがある。

逆にアイデアなどは、他人と話しているときや、少し疲れているときなどに浮かぶように思う。外部からの刺激が作用しているのではないだろうか。

方向性が見えなくて気分がもやもやしているときは、体を休めることが一番で特に睡眠が有効である。午後の睡眠は良い。温泉に行き、身も心も解す、マッサージに行くなども明日への英気を養う。無駄な時間のように思えても、次の仕事へのやる気や効率を考えると効果的である。

何もやりたくない気分から「やる気」を起こすものは何なのだろうと考える。人の体は脳からの指令により動くものだから、必ず動機があるに違いない。それを起こす何らかの物質があるのではないかと思う。人から頼りにされていると感じた時、また、その電話などはスイッチになる。今、こうしなければと強く思う時、あるいは強烈な怒りなども一時的には動機になる。

今日は会社で何をしようかな、などと思っているときは会社に行っても面白くない。今日はこれをしたい、これを伝えたいと思うことがあれば、会社に行くのが楽しくなる。

最近、過去の自分の間違いが走馬灯のように脳裏をめぐることが多くなった。過ぎた時間と出来事は取り戻すことが出来ない。

残された、しかも限られた時間の中で、目標を設定して生きがいを見出し、充実した人生を送りたいと思う。

第十九回 経営管理(2019.04)

昨年8月から毎月上京して、顧問税理士さんに、経理関係と経営を指導してもらっている。経営管理を略して「経理」と呼ぶことを初めて学んだ。

それなりの費用はかかっているものの、今まで知らなかった経営の基本知識と経営指針を学ぶことができ、とても役立っている。

日本航空が大赤字に陥ったことから、京セラ創業者の稲本氏が会長として2010年に就任、改革したことは、①赤字路線の廃止、②運航回数の縮小、③それに伴う人件費の削減などだと税理士さんは言う。その結果、日本航空は10年3月期に1337億円の赤字から翌期には1884億円の黒字へと大転換を果たしている。

経営には売り先と商品アイテム数、さらには仕入れ先の絞り込みを行うことで、売り上げ規模が縮小したとしても、利益が拡大するという。不採算部門の切り捨てである。

売れない商品をカタログに載せるだけでも、お客様にとっては目障りで迷惑に違いない。商品開発の段階で、売れるのか売れないのかの見極めが必要であるものの、愛着やこだわりは捨てなければならないと思うようになった。その最終判断をするのは社長であり、責任は重い。

仕入れ先、弊社でいえば龍の瞳の契約農家さんであるが、品質、味、栽培への熱意など多少の差があるのが現実。ブランド化をもっと進めるうえでは、ダメなものはダメとはっきり言う姿勢が必要だろう。そのことが全体の利益につながるからである。

社員も適材適所とやりがいのある仕事という観点で、じっくりと観なければならない。そして資質の向上とそれに伴う能率のアップ、結果として所得の上昇ということを「現実」として見せなければならない。そのことがやる気につながる。

資金繰り表の作成について、行うように提案された。黒字倒産と言う言葉があるように、資金が将来どうなっているのか予想しないと致命傷になる。そして1年あとにはどれだけの資産が残っているのか注視することで、経営者のやる気が出るのだという。私は今まで支出についてはあまり関心がなかった。そのことで、無駄なことに随分とお金を使ってきた。支出には株式会社龍の瞳を例にとると、運送費、精米袋代などのように消費者に転嫁可能な経費があり、これらはそれほど問題にならない。固定費についてはできだけ節約していくのが賢明であり、いかに単価を押えていくかを工夫しなければならない。

人件費、顧問料、新たな投資などは費用対効果があるのか見ていきたい。月末に振込先と金額、使途をじっくりと観て、どうしても仕方がない支払いか、無駄な支出ではなかったのかと、チェックをすることで、事前の発注する段階からそれを判断する「頭」ができると思う。

次に在庫管理である。在庫は単なる「もの」であるが、そこに人の意志が入ることで、「もの」が途端に動き出すのである。

例えば、賞味期限が近付いた商品を試食として差し上げたり、寄付したりすることが可能となる。あるいは、どのように販売していこうかと切り口を考えることができる。

商品ごと、取引先ごとの利益率についても出すように言われている。これによりどこに営業したらよいのか分かってくる。今まで考えたこともない内容で、忸怩たる思いである。

これからもたくさんのことを学ぶだろう。ようやく、普通の経営者に近づけたかなという感じの昨今である。

第二十回 微生物の力(2019.05)

最近、久しぶりに「おッ」と、閃いたことがあった。

口からものを食べて、胃、腸と通ってお尻から排泄するということは、体の内部に該当するのか、あるいは外部に当たるのかと問われると、たいていの人は「内部」と答えるだろう。しかしながら、「外部」なのである。口からは胃カメラが入り、お尻からは大腸内視鏡が入り、これは「外部」だから可能となる。

動物は、栄養の吸収を主に小腸内の絨毛と呼ばれる襞で行うが、植物はこの絨毛が根という形で外部に出ていると考えると、生物の進化という点でも納得がいくのではないか。

では、植物の「口」はどこにあるのかというと「気孔」である。気孔は水分を蒸発させて、水に溶けた栄養素を重力に抗い根から吸い上げている。気孔のもう一つの働きは、二酸化炭素の吸収である。炭素は熱量の元になり、また有機物を作り出す素材にもなる。植物でいうと体である植物繊維やセルロースのみならず、実にもなる。

動物なども基本は炭水化物を食べて、消化吸収することで体を維持しエネルギー源としている。つまり、植物も動物も炭素を取り入れて体を維持していることは同じ構造だということが分かる。共通項が多いことには、改めて「おッ」となるのだ。

そこで根と絨毛との共通点について考察したい。それは微生物との共生である。

肥沃な土1gの中には細菌、放線菌などの微生物が、数十億存在すると言われている。これに対して、人間の小腸や大腸の中の微生物群は100兆以上に及び総重量は1・5㎏から2㎏。1日に食べる食糧は水が1100g、食べ物が1900gと仮定すると、1gの食糧に対して330億以上の微生物が対応しており、免疫機能の供給や消化を助けるなど重要な働きをしていることは容易に推測できる。パンダが笹の葉しか食べないのに、栄養として吸収できているのは、消化液だけでは説明ができないだろう。

土の場合は、1gの中に腸内ほどの微生物群はいないのであるが、一作物当たりの根域からすると、総数としては土の方がその数が多いことは確実であろう。

根の場合は、毛細根から糖やアミノ酸などを微生物に与え、微生物は有機物を分解してアンモニアやリン酸を作り根が吸収するという共生関係を築いている。

動物などの場合は、前述したパンダの例のように、微生物の種類は当然土の中のそれとは違うにしても、働きは同じではないかと考えている。消化吸収に、腸内の微生物が役立っているに違いない。このあたりのところは、将来的に解明されるのを待ちたい(すでに解明されているかもしれないが)。

植物の場合は、根域を発達させる例えばオーキシンという物質が分かっていて、これは資材として販売されている。

腸内の場合はどうだろう。絨毛を活性化させる物質はまだ発見されていないと思うが、作物で農薬に該当するのが、飲む抗生物質で、できれば避けたい。植物繊維が六番目の栄養素として加わっていて、食物的に考えると、食物繊維=有機物=炭素であることから、植物繊維は微生物の餌として非常に大切なものであると、個人的には考えている。こちらもそのうちに明らかになってくるだろう。

(数値参照・ウィキペディアなど)

第二十一回 龍の瞳ファン倶楽部(2019.06)

龍の瞳ファン倶楽部という組織を作りたくて、数人前から準備しているものの、適切な担当者もいなく、機運が盛り上がらすに、構想が私の頭の片隅に追いやられていた。

ところが2年ぐらいの間に、私は龍の瞳の生産と販売一筋の仕事から、マーケティングや経理・経営、コミュニケーション個人指導などを受けてきたことから、明らかに頭の構造というか性格が変わった気がする。いろいろな教えが、仕事や実生活の上で「なるほど」と実感できるようなった。そういう意味では、本物となりつつあるともいえる。

「龍の瞳」を本当の意味で、愛していただくようになるためにはどのようにすると良いのか考えてきた。アンケートには「龍の瞳がなければ生きていけない」などと、最上級の褒め言葉を頂いている方があるものの、もっといろいろな意味で「龍の瞳」を知って欲しい、生産の拘りを感じていただきたい、もっと言えば会社の改善点などについても直に意見を聞きたいという思いが膨らんできた。

お米を愛する方と、本音で話して私が幸せな気分になりたい、そしてお客様にも幸せになってもらいたいという、私なりの生きがいがある。この気持ちは、社員がお客様に向き合う態度にも出てくるに違いない。

最近、東京で龍の瞳ファン倶楽部を勝手連的に作る動きが出てきた。6月1日に行う「龍の瞳田植え体験」にもバスで15名ほどが参加する予定になっている。このような動きは、会社創業以来、初めてのことである。

知的・精神的な、あるいは身体的な障がいを持つ方の原因が食べ物や環境にあることがだんだんと明らかになってきており、特に妊婦さんは気を付けるようになってきた。食品添加物もそうであるが、食べ物そのもの、田畑の環境について当然ながら関心が集まることは言をまたない。

蛍が田んぼから消え、虫が極端に少なくなり、スズメも数十年前と比べて1割ほどに減ってしまったという推計もあるくらいだ。

社内の体制もだんだんと整いつつある昨今、ようやく龍の瞳ファン倶楽部が俎上に上がったことは、本当に嬉しい。

会費はいただこうと思っている。もちろん、それに見合うサービスが必要となる。お米が足りなくなった時の、優先販売、会員割引制度、稲刈り体験などの案内、新商品の無料モニター、下呂温泉ホテルの割引宿泊券の提供などを考えている。

特定の地域に私が出向いて、「龍の瞳」の研ぎ方、美味しい「龍の瞳」の炊き方、保存の方法などについて、直に実演することや、その後の「本音で語る交流会」なども行いたい。

「龍の瞳」を発見したときの様子、その後の苦労話、秘話(沢山あります)などについても時には披露して、ますます「龍の瞳」のファンになってもらいたいのである。

飛騨地方は標高が高く、水もきれいなので「龍の瞳」以外にも美味しいお肉や野菜などがたくさん採れ、郷土料理も種類が多い。例えば、下呂市には「鶏ちゃん」と呼ばれる味噌に鶏肉を漬け込んで野菜などとともに焼いた料理。また、「とんちゃん」と呼ばれるこちらも味噌と豚肉を和えて焼いた料理があり、B級グルメとして名をはしている。龍の瞳ファン倶楽部ではなく、「鶏ちゃんファン倶楽部」にならないか、いらぬ心配をしている。お米とおかずのコラボも提案したいことの一つである。

最後に、何を書いたら良いのか迷うことがあるので読者の方から、知りたいこと、書いて欲しいことなどを頂戴したい。編集部までのご連絡を、切に願う次第である。

第二十二回 精神の危機をいかに乗り切るか(2019.07)

人生に危機はつきものである。私の場合は、危機を引き込んでしまう性癖がある。人を信じやすいことや、先のことを考えずに性急に判断することも多い。また、悪気はないものの「一言多い」のである。まさに「口は災いの元」。

同業者と飲酒したときには、仕事の話をしない方が良い、と知人に言われた。そして飲みすぎて気持ちが大きくなり、不必要なことを言ってしまうことに今さらながら気が付くのである。

危機と言っても、金銭的な問題、健康の問題、経営の問題、家族を含めた人間関係など多種多様である。これらがまとまって襲い掛かることもあるが、たいていは順繰りでやってくるような気がする。

精神的な問題については、疲れからくることが多いので温泉などに行き、気分転換をすると良い。私も農林水産省時代に職場の近くまでは何とか行けるのだが、ドアを開けることができないという、いわば出社拒否に陥ったことがあった。職場の人間関係で悩んでいた。

上司に電話で相談すると、私の心情を気にかけていたのだろうか、涙声で「休め、仕事のことは心配するな」と言われた。気持ちが和み、近くの温泉に行きゆっくりと入浴して遠くの山を見ていたら、ふと山が何千万年もかけて現在の形になり、また将来は別の形になって行くのだろう、と考えたら、私はなんと小さなことで悩んでいたのかという気持ちになり、仕事に行くことができた。

疲れが出る前に、土曜日などは昼寝をしっかりして遠い過去のことやずっと先の夢の実現に想いを馳せると心が立ち直るように思う。

また精神的なことは、食べ物からでも改善できることが多い。私は「龍の瞳」の玄米つやみがきというものを食べている。玄米は完全栄養食品なのだが、炊飯に時間が掛かったり、ゴワゴワして食べにくかったりという問題点があった。表皮を薄く剥くことで、浸漬時間が基本的に無しで、ふっくらと炊けるように工夫した商品である。亜鉛を取ることができるので、体内の毒素の排出や精神安定などに効果があると言われ、現に、玄米を学校給食に導入したら、荒れた生徒が静かになったという事例も多数、報告されている。私もあまり、怒ることがなくなったのも、玄米つやみがきを食べているせいかも知れないのである。

庭や会社周辺の草取りなども非常に効果的である。一時的にしても、悩みを忘れることができ、綺麗になったという満足感も得られる。机の上を片付けることで、やらなければいけない仕事が見えてくることもある。迷ったら掃除をすることは、意外に精神的に良い影響を与える。

普段から自分に合った精神的な諸問題の解決方法を見つけておくことは、危機管理において重要である。

ところで弊社の危機に直面したときに、税理士さんから「今井さん、倒産したわけではないでしょう」とさりげなく言われて気持ちが吹っ切れたことがあった。要は気持ちの問題なのである。

「ピンチが来たらまずしめたと思いなさい」という言葉は、三十年ぐらい前に農家さんから聞いた言葉である。自分に試練を与えられて天に試されている、何とか乗り越えてやるという気持ちになることで、本当に乗り切れるのである。「想いが現実を造る」という言葉にもつながっている。

日頃から相談できる人を作っておくことも大切なこと。起こって欲しくないことが、突然起こるのが人生。でも幸いにして、現代は命を取られることはないのである。

第二十三回 幸せとは何か(2019.08)

「幸せ」については、古今東西、様々な人が感じたり、考えたりしてきた普遍的なテーマである。幸せは明らかに、人の気持ちなのだから存在する場所は「心の中」であろう。

経済的に豊かな方が物欲を満たせて、満足感が得られる。欲しいものを買える、という状態。しかしながら、生活するうえで結果的に無駄だと思われるものも結構購入しており、今や「断捨離」という言葉があるくらい、ものがあふれているともいえる。ものを捨てるということは、残ったものを大切に使うということなどに繋がり、幸せ感はアップすると思われる。

それほどの物は必要がなく、特別な欲求がない限り普通のものでことが足りる。お金をいくら持っていたとしても使ってこそ、その価値が発揮されるというものである。老後のためにと貯めたお金が、体が動かないことで使えないという笑えない話も実際にある。

それなりの暮らしができれば、幸せだと思わないと、現在飢えている人が世界で8億(国連報告書)と言われている現実に対して申し訳ない気もする。また、幸せには時代というものが色濃く反映する。例えば戦時中は、多くの人が決して幸せとは言えなかっただろう。絶対的、相対的の両面で考えないといけない概念である。

また、他人との比較で幸せ感を感じてはいけないと思う。例えば商売敵や隣人がいかに売り上げを伸ばしたり、幸せ感を漂わせたりしていようが、どうでも良いことである。人は人、自分は自分と考えることで、負けた感や妬みから来る不幸せ感を取り除かなければならない。幸せ感とは、不幸せ感の排除だと考えれば道が見えてくるのではないか。

優越感を求める人は、逆の立場に置かれたことを考えると、自分の存在感が消えうせるのではないか。例えは悪いかもしれないが、障がい者を馬鹿にしていた人は自分がその状態になった時、耐えられないことと似ている。

自分の存在が、人の役に立っているという感情は、幸せ感に強く影響を及ぼしている。人から感謝された時、感謝されるだろうということを行ったとき、などである。これは集団生活の歴史が長い人類ならではないかと思う。

人には必ず肉体の死が訪れる。その時に、人の「価値」が明らかになる。善行を積んでいればその死は世の中の人々に、大きな悲しみを持って迎えられる。「価値」とは、当然ながら、お金をどれだけ残したか、ではなく、後世の人々の幸せに繋がる事柄をどれだけ残せたかではないか。例えば、自然環境を良くする組織の設立、優れた商品の開発など。

観点を変えて、植物、動物の場合の幸せとはいたく単純で、種を残せたかどうかである。そのためにオス同士の生死を賭けた闘争も行われる。文明の発展とともに、自らの遺伝子を継承するという本来の幸せはどこかに追いやられた感があるものの、人間らしい次なる幸せ感が重要になってきているというのが、個人的な見解である。

また、些細なことでも幸せと思える心の豊かさを磨くということも必要だろう。先日、「龍の瞳」の生産者さんから「花が綺麗、星が綺麗、という気持ちを忘れていました」とメールが来て、私の方がホッとさせられた。

齢63歳になり、そろそろ人生の終着点をどこにするのか考えなければならないと思っている。極論すれば一カ月あとにはもうこの世にいない可能性だってある。

一日一日を大切に過ごしながら、自分なりの幸せを追求したいと思っている。

第二十四回 田んぼへの想い(2019.09)

日本では長らく、お米の生産量が富の尺度になる時代が続いてきた。従って、意外なことに北陸などの穀倉地帯の人口が多かった。越後の上杉謙信が強力な戦国大名だったことも納得できる。高カロリーで、栄養価も高く比較的作りやすいとなれば、日本人が生きていくうえで最も大切な食べ物だった。

最近は、国内消費される食料の、カロリーベースで62%を輸入に頼っている。

また、国内総生産に占める農業生産の割合は1%程度であり、これは異常な低さといえる。農業が、人間を「生かす」という点で一番大切な産業であることが忘れ去られて久しい。

野菜工場ができているものの、自然エネルギーではなく人工エネルギーを使うというという点で、生産性を高めるにはかなりの困難が伴う。

江戸時代から明治、大正にかけて各地で、開田に多大な労力をかけて来た先人の想いが、積まれた石垣などを通して語り掛けてくる。

それまでのように人海戦術だった農作業の形態から、現代では機械化が進み子どもたちが農作業を経験せずに育ってしまった。

ある経営者は、「いろいろなことに気が付き、手先の器用な採用者は、農家の出身で農業を手伝っていた者が不思議と多い」と言っていた。すべてが当てはまるとは思わないが、農業は作業を行う時期が重要で、また、気象に合わせて作業を行わないといけない。つまり「段取り八分」の世界である。日本人から器用さが失われつつあるとしたら、農業の衰退が原因ではないかと思われる。

農作業を通して、労働の苦しみと収穫時の楽しみを知るとともに、親子関係の深まりも醸成されてきた気がする。また、感性も育まれてきた。

 

足跡

 

田んぼの泥に付けられた

大昔の足跡が発見された

大きいものも小さいものも

 

きれいに並んだ足跡だった

 

泥の上を洪水が襲い

田んぼは足跡を残したまま

深い眠りについた

その上に

人は新しい田んぼを作った

 

そしていつの日か

田んぼがつぶされて

ビルが建てられようとしたとき

それは現れた

 

足跡は

人々の躍動や泥への愛着や

古の歓喜と畏敬を

静かに語った

 

その後

足跡は埋め戻されて

また深い眠りに就いたという

 

これは、私が20年ほど前に書いた詩である。愚作だが想いを込めた。

土についての詳細は後日に書くとして、田んぼは生物多様性を生む貴重な源だった。その前提は、殺虫剤、殺菌剤を不使用、もしくは「減農薬」であること、加えて有機質が投入されていることである。何百年もかけて、田んぼの土壌が出来上がってきたにもかかわらず、この数十年で土壌の劣化が進んでいる。つまり微生物が少ない土壌になってしまった。

安全で美味しいお米を作りたいと思っているので、もっと田んぼそのものに注目して深く観察しつつ、「龍の瞳Ⓡ」の生育試験を重ねていきたい。人が世代交代を繰り返しても、田んぼは残っていく、残していかなければならない。想いを伝えながら。

第二十五回 「農薬」の危険(2019.10)

農の薬と書いて「農薬」とは、誰が名付けたのであろうか。作物の病気を治すという意味で、「薬」なのかもしれないが、実は「毒」でもって殺虫、殺菌、除草を行っているわけなので、「農毒」と書いた方が本質をついている。

さて、商品名がRで始まる除草剤(以下、Rと書く)を製造していたアメリカのモンサント社をドイツのバイエル社が買収したのは、昨年6月のことである。ところが、現在バイエル社は、例えばカルフォルニアの農夫に「Rを使用したことで癌になった」と訴訟を起こされ、今年5月には2200億円の賠償命令が出されるなど大変な状況に陥っている。敗訴は昨年に続くもので、さらに、1万8400人が訴訟の原告となっているという。内部資料を改ざんして、あたかも安全であるかのように宣伝していたとの指摘もあり、両社の今後には暗雲が立ち込めている。

しかし日本では、世界の潮流に反して、Rの安全性への認識は変わっていないようで、本当にこの国は大丈夫なのかとの思いが募る。日本は雨が多く、雑草の生長が早いので、強い除草剤に頼らなくてはいけない理屈だろう。

Rの薬効成分であるグリサホートは製法特許がすでに切れ、同じ成分の除草剤が名前を変えて販売されているので、非常に厄介なことになっている。

このRと遺伝子組み換え作物が密接に関係していることは意外に知られていない。つまり、除草を効率的に行うために、Rに耐えられる遺伝子を大豆や綿花に組み込んだのが、遺伝子組み換え作物なのである。

これにより作物が除草剤で枯れることはなくなり、ラジコンヘリなどによる大がかりな除草剤散布が可能になった。農業生産性が飛躍的に向上したわけである。

日本では、一部の食品に「遺伝子組み換えでない」と書いてあるものの、先進諸外国に比べて表示基準が甘いという問題がある。また、アメリカでは遺伝子組み換え食品に反対する運動が活発になったり、オーガニック食品の売り上げが毎年、3割程度も伸びていたりと、食の安全性に関心が高まっている。遺伝子組み換えが本当に安全なのかについては、私は判断ができないものの、自然の摂理から離れたものを食べているわけなので、できれば避けたいと考えるのが自然であろう。

農薬には、除草剤以外に殺虫剤、殺菌剤がある。殺虫剤は文字通り、虫を殺す成分で、害虫だけを殺すのならまだしもトンボなどの益虫も殺してしまう。古い話で恐縮だが、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」のような事態が、すでに深く進行している。

殺菌剤は、作物に付いている有害な細菌、菌類などの微生物を殺すものだが、土の中に生息しているおびただしい有用微生物も、ダメージを受けている。中でもKという、害虫にも病原菌にも効く農薬は、土壌で生息しているすべての生物を殺すために、土本来の復元力が無くなり永久にKを使い続けなければならなくなる。ニンニク、ショウガなどの産地では、すでに大問題になっていると情報通の友人から聞いた。

NHKの報道によれば、毎年、昆虫が1%程度減少しているという。100年後には、地上からほとんどの昆虫がいなくなると科学者が警告している。

このところの私の実感と、それが合致していることが空恐ろしい。しかし、そうならないための対策を立てることが人類にはできると信じている。

株式会社龍の瞳でも、浸透性の強いネオニコチノイド系とフィプロニルの殺虫剤を禁止する栽培マニュアルを作成した。EUなども使用を禁止しており、弊社にとっても長年の課題になっていた。

最後に写真の説明を。「龍の瞳Ⓡ」の生産者の意気込みを感じさせる写真を、巡回調査時に撮ったので掲載したい。

第二十六回 テレビの影響(2019.11)

龍の瞳Ⓡがテレビ番組で紹介されると、瞬間的にたくさんの注文が入る。もっぱらインターネットによるもので、電話やFAXでの注文はあまり来ない。

放映時間が例えば10秒などと短いと、がくんと落ちる。やはり購入意欲が醸し出されるには、ある程度の時間が必要で、私は少なくとも20秒だと思う。人の気持ちが動かされて、メモを取ったり、ホームページを検索したりする。その結果、放送が終了してから1時間以内にアクセスが集中するのである。

昨年12月に放映された日本テレビ系列のバラエティ番組では、某有名バンドグループや農家の皆さんの前で、全国・米食味分析鑑定コンクールの審査委員長を長く務められている方が「龍の瞳という米は、日本で最もインパクトがあるお米です」と発言された。さらに弊社の商品袋や国内航空会社の国際線ファーストクラスの機内食に採用されたことなどを45秒ほど紹介していただいた。

放送後、通常の10倍ほどの注文が24時間内にあったが、このうち半数は最初の1時間以内に集中。龍の瞳Ⓡを取り扱っていただいている販売店からもおびただしい発注があった。

今年6月の同番組でも再び取り上げられ某有名バンドグループのメンバーが実際に龍の瞳Ⓡをかまどご飯で食べて「甘さが続く」、「これば女の子だ!」などと2分30秒ほど紹介された。しかしこのときは、12月の放送の半分ぐらいの注文数にとどまった。

当時は、一部商品に売れきれがあったものの、単純に放映時間の長さだけではなく、やはり突き動かされる動機が重要だと思い知られた。

9月にはBS朝日放送の「飲食店を訪問して有名料理人であるDさんが食べ歩きを行う番組」で取り上げられた。東京都港区広尾の和食処「山藤広尾店」で龍の瞳Ⓡの土鍋ご飯を食べるシーンが2分ほど放映。料理研究家の服部幸應さんと関わりがあるお店で、龍の瞳Ⓡのはさ干し米を、かれこれ8年ほど前から使っていただいている。

番組のなかでDさんは、「ご飯が気を付けして、口の中に入ってきている気がしましたわ」と発言。一流の料理人ならではの、どきっとする表現だと思った。

このときの注文は、それほど多くはなかったが、お店のある広尾界隈を中心に渋谷のデパートや販売店からは沢山の注文をいただき、番組の影響力を感じた。

今までの経験では、テレビ放映でとっさに購入されるお客様は、やや移り気でいらっしゃるようで、ひと段落すると前の売り上げに戻っていくという傾向がある。

従って、テレビ放映への過度な期待は禁物。地に足を付けた販売戦略が求められるのである。メルマガや広報紙で、お客様に直接働きかけ、関心を持ち続けていただくことが非常に大切だと実感している。

さて、実は日本テレビ系列のバラエティ番組に、私自身が出演することになった。福島市で同番組の現地での一回目の収録が8月に終わり、その後、10分程度の電話取材も受けた。

この番組の制作会社の方と、ひざを交えて話す機会があった。「分かりやすく、ヘェーという驚きや感動を視聴者と共有できる番組づくりを目指しています」とのことだった。そういう視点で見ると、番組の制作構想段階から「良く練られている」と改めて感じた。私にも制作スタッフから時々、連絡があるので感じるままに意見を述べさせてもらっている。同番組は、2000年から始まっており、19年以上続き15%以上の高視聴率を誇る番組である。稲作という観点で、これからも関わりが持てれば良いと思っている。

第二十七回 ひとやすみ(2019.12)

これまで26回にわたり「龍の瞳Ⓡストーリー」を書いてきた。実は、料理関係の広報誌にも連載枠をいただき、「お米の話し」と題して隔月に執筆している。「お米の話し」は、より専門的な内容になるものの、龍の瞳Ⓡストーリーとは重複しないように、それなりに気を遣ってきた。

それなりに真剣に、知識の外にある事柄や私の認識が正しいのか、確認する作業を行うことで満足感が得られていることに感謝している。

さて、これまでの連載を振り返ってみると、どうも一貫性に欠ける気がしてきた。また、書き手の立場からすると、読者から何を期待されているのか、何をお知りになりたいのか、あるいはそもそも読んでいただけているのか、とても気になるところだ。

悩むこと、どうしたら良いのか分からなくなること、これらは重要である。なぜならば、問題点が分かっていなければ、その解決方法は見いだせない。見直すこと、分析すること、計画、実践がこの執筆においても必要だと思いいたった訳である。

そこで、前回までの題を並べてみた。

第一回は編集部で書かれたもの。二回目から四回目までは、当該月の「たる」のテーマに沿って随筆的に書いている。

五回目から十二回目までは、龍の瞳Ⓡのことに特化しての執筆。そして、第十三回からは、時事的なことも織り交ぜながら、思いつくままに書いている。

ただ、書き続けるのではなく、ゴールを明確に意識して、進めなければならないと考えるようになった。

例えば、今後4年半書かせていただくと仮定すると、54回となり、計80回の連載となる。一回につき400字詰め原稿用紙4枚ほどなので原稿用紙換算で約320枚。新書版だと180頁ぐらいの本ができる分量である。

残り54回の物語を、意義のある連載にしていくためには、何を書いていけばよいのかの方針さえ定まれば、多少の修正はあるにしても、書くテーマそのもので毎回、悩むことは少なくなるはずである。

別表のように題の一覧を整理したのが、1か月ほど前のこと。龍の瞳Ⓡストーリーという本来の目的に沿って、もう一度、龍の瞳Ⓡというお米に立ち返り、書き続けていきたいと思っている。

ただ、よくよく考えると、随筆的なものも、龍の瞳Ⓡの発見者である私が書いている以上は、何らかの形で関連していることは明らかなので、たまには息抜きをして、私なりの人生訓のようなものを書いても許していただけるのではないだろうか。

実は、「龍の瞳物語」の執筆を、知り合いの元新聞記者に依頼している。予定では、来年5月頃の発行になる。第三者からの観点も入れて、複視眼的な読み物が完成することを、楽しみに待っている。

第二十八回 龍の瞳の生産者(2020.01)

龍の瞳の生産を始めた当初、私を入れて「八人衆」と呼ばれる志のある生産者が集まった。当時は低農薬の概念が今ほど広まっておらず、農薬を使わないという生産者は「変わり者」とみられていた節があった。農協や行政の指示に従って、決められた日にちに決められた農薬を散布することが普通に行われていた。現在でもそれはほとんど変わっていないのであるが、農薬不使用や「低農薬」への関心が強くなり、消費者の受け止め方が大きく変わってきたことは間違いない。

その中で「龍の瞳Ⓡは作りにくい」、「農業生産の役から降りた」などの理由により2年ほどで栽培をやめられた方がいた。その後、株式会社龍の瞳の内部で深刻な「紛争」が生まれ、そのあおりもあって生産者グループが離脱するという大事件が起こった。その結果、在庫の山が膨れ上がり、不良在庫は買い取り価格で4000万円を超える事態に。まさに会社存亡の危機が訪れ、私はその処理に4年余りを費やすことになる。経営的にも精神的にも非常に苦しかったのであるが、振り返ると根性が鍛えられるという意味では、非常に良い経験をしたと、今になって思う。

龍の瞳Ⓡを作らせてほしいという声が全国の生産者から寄せられ、アポなしで突然訪問されるということもあったし、電話も良くかかってきた。私の考えがふらついていたため、相手によって対応が違ってしまい、「運」が良い人も悪い人もいろいろだった。県外の生産者については、栽培管理が難しいことから、最終的には栽培をお断りすることになったものの、「作らせてもらってありがたかった」と感謝の言葉をいただいた。生産者は基本的に個人経営者の立場で、いわば「社長」でもある。自分の意に沿った肥料や農薬を使用して育ててきたという「自負」や「こだわり」があり、すんなりとは言うことを聞いてはもらえない。

私はこの数年、販売を優先しなければいけない事情があり、生産者との接点が少なくなっていた。しかしながら、一番重要なことは、美味しくて安全なお米を作ることだと気づかされた。品質管理をきちんとしないと、消費者のみなさんからのお叱りが増え、弊社の事務員も大変になる。消費者のみなさんからの口コミの力は絶大で、私がいくら龍の瞳Ⓡが美味しいですと言っても、ひとたび失われた信頼を取り戻すには相当な時間がかかる。

さて、この間、いろいろな栽培方法を模索し続けてきたものだから、生産者から「方針がころころ変わる」、「生産者を実験台にするな」などという苦言もいただいた。真摯に受け止めて、「その通りです。申し訳ありません」と謝る。生産者と誠実に向き合うことで、つながりが強化され、会社側に間違いがあっても「仕方がないなあ」と許してもらえる関係がある程度作られてきていると思う。それに甘えることなく、自らの責任を自覚して、共に歩もうとすることで、さらなる信頼関係が築かれるに違いない。

この1年くらいの間に、20人近くいる生産組合長の内4人の方が入院・手術されるなど健康状態が心配されるケースが出ている。また、56歳という若さでがんになり亡くなられる生産者もいた。私としても、がんに効くという健康食品を差し上げたりしてきたものの、いかんせん高齢化が進む中では限界もある。

龍の瞳Ⓡという稲を作っている誇りと自負は本当に強いと感じている。そんな生産者とは、いつか亡くなられるその日まで、一生のお付き合いをさせていただきたいという気持ちで、毎日を過ごしている。もちろん私が早い場合もあるものの―。この原稿を書いている本日も、これから岐阜市まで生産者との会議に出かける。本当に、話ができるのが、楽しみなのである。

第二十九回 商品開発の時代とその結末(2020.02)

龍の瞳Ⓡは粒が大きいがゆえに、玄米が割れやすいという特性を持つ品種である。そのために万一、日照りなどが続いて玄米が割れた場合、白米としては売れないというリスクを抱えていた。初期には実際に、割れが多い玄米が入荷したことがあった。そこで、玄米の表皮を薄く削った「玄米つやみがきⓇ」という商品を生み出した。もちろん、商品である以上、効能がなければいけない。玄米は堅いロウ成分で表皮を多い、水分や病原菌から身を守り、さらに酸化することを防いでいる。ロウ成分を取り除けば、吸水性が良くなり、長時間、水に浸さなければならなかった玄米食の欠点を解決することにつながる。ロウ成分の下には糠層があり酵素や栄養分を多く蓄えていて、まさに栄養の宝庫だが、白米にするとこれらを摂取できなくなる。

私が商品開発に取り組んだ原点なので、くどくどと書いた。この商品は「国民食」にしたいと考えていた。現状はそうなってはいないものの、決して諦めてはいない。さて、その次に、半生うどんを製造委託した。これは美味しかったが、ピンホールが開きやすく、クレームが来ることも多かったので、結構な在庫を残して早々に撤退した。白米を篩うときに出る細かく割れたお米を利用して、地元で龍の瞳のレトルトお粥を作ったがあまり売れなかった。

その後、雑穀米、どぶ酒(どぶろく)、焼酎、吟醸酒、大吟醸酒、味醂などの酒類、ポン菓子、お粥米、玄米レトルトご飯、米糀、甘酒、発芽玄米、米せんべい、玄米茶、醤油、味噌、洗顔フォームなど龍の瞳を原材料にしたさまざまな商品を開発してきた。さらに多角化しようと、おにぎり専門店を開店した。

その中で現在も残っているものは、どぶ酒、焼酎、お粥米、玄米レトルトご飯、お粥米、発芽玄米のみである。洗顔フォームなど必要な方に細々と販売している商品もある。

それぞれの商品開発には、非常に長い日数を要し、今考えると、よくもやっていたものだと自虐的気分に陥る。当然、経費も相当にかかった。一つひとつの商品に動機と思い入れがあり、それは実行した本人しか分からない。

世の中を見ると商品開発は日々、様々に企業の生命線として取り組まれている。次から次へとブームが沸き起こり、消えていく。そして便利な商品を消費者が求め続けていくなかで、より斬新で便利な商品は、どんどんと出てくるだろう。

以前、経営者セミナーで、「パルテノン神殿は柱がたくさんあるので倒れない。事業の柱をたくさん作るべきである」という話を聞いたことがあった。今では、この「説」には違和感がある。やはり、得意な分野、利益の出る分野に集中すべきである。

今まで私が行ってきた商品開発は、無駄だったのかもしれないとの思いがある。本来業務に集中していれば、もっとましな会社になっていたはずだ。しかしながら、過去に戻ることはできないので、今後の経営にそれを生かすにはどうしたらよいのか、考えることが重要である。

その観点に立って、私なりに次のように考えた。

1.商品開発は、単に思い付きでやってはいけない。需要、優位性、開発費などを総合的に考えた経営判断と社内の意思統一が大事である。「自分たちの商品」でないと売れない。

2.本当に人の役に立つという、強い動機が商品に命を吹き込み、時間はかかっても広がっていく。

3.常に考え続けることが重要。天から降りてきた「ひらめき」を取り敢えずは逃さない。

私が行う商品開発は、しばらくは鳴りを潜めているが、やがて次のステップに繋がるだろうと思う。

第三十回 社長の資質(2020.03)

人間社会で気を付けなければいけないことの一つに詐欺師がいる。欺師とまで呼べなくても、妄想癖のある人。彼らは一様に、ウマい儲け話を持ってくる。実際に、「あなたのためにやっている」などと言ったり、そのそぶりを見せたりしたら要注意である。そんなはずはないのに、防御が甘いと、本当に大変なことに陥る。お金も時間も、大いに浪費する。

私は何度か、そのような輩に騙されてきた。大体は周りの人が、注意してくれるのであるが、半分信じ込んだり、今までかけた元手を取り戻そうとしたり、気が付くと結構な損失になっている。騙すことに必死になっている輩は、きちんとした会社経営になっていないことが多いので、登記簿謄本を取ると住所がアパートの一室だったり、信用情報会社で調べると借り入れができない会社であったりすることが多い。もちろん、すべてではない。

農業関係者は、「商売」にこなれていないので、騙されたという話を以前はよく聞いた。弊社でも、「大量にお米を買う」と言われて送ったら代金が未収入になり計画倒産されたことが二回、農業資材がお値打ちだったので、前金で払い込んだら商品が届かなかったことが一回。これらはインターネットで「〇〇会社 被害 評判」などと検索すると分かることが多いので試してみることをお勧めする。

これも全てではないことを前置きするが、問題はコンサルタントという肩書である。弊社の例では、もっとやってくれると思って期待して契約を結んだが、個人でやっているということもあり、期待通りの仕事をしなくて困った時期があった。そういう人に限って口が上手い。

事業というものは、人に頼ろうとすること自体が、そもそもの間違いである。その会社の身の丈に合った事業展開をしていれば良いと思う。社長がすべてを掌握しているわけではなく、ましてや外部にいる人に内情が分かるはずはないので、どうしても形通りの指導になりがちである。万一、コンサルタント契約を結ぶ場合は、仕事の内容について細かに記載すること、成果が上がらなければすぐに契約解除ができるようにすることなどが肝要である。できれば成果報酬のほうが、実害も少なく相手のやる気にも繋がる気がする。

次に、経営的にみると、売り上げを増やす努力をするよりも、支出を見直して押える努力をする方がはるかに「効率」が良い。それにはお金の動きがどうなっているのかを、事細かに見る必要がある。ある会社では、宅配会社の集荷員により一個当たりの送料が統一されていなく、ワンランク上の送料が請求されていたことから、年間40万円ぐらい損をしていたという。これもほんの少し注意することで改善できる問題である。私なりにシミュレーションをすると、40万円の利益を上げるためには250万円ぐらいの売り上げを積み上げなければならず、それは結構大変である。今までいかに売り上げを伸ばすかを考えていたのであるが、これも反省点の一つとなった。

ところで、社長の資質は会社にとってもっとも重要である。方向性を決め、経理を理解し、社員と業務の内容を掌握していなければならない。当然、経営責任は付いて回る。今まで努力をしてきたものの、私にはその資質が低いと思うようになった。社員に意見を聞くと、結構、的を射ていることが多い。今のところは、私がいないと会社は立ち行かなくなるのだろうが、もっと資質のある社長を探す、あるいは育てていかなければ、と思っている。

第三十一回 品種登録(2020.04)

知的財産権は、いくつかの種類に分かれている。産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)や著作権、育成者権などである。このうち育成者権とは、植物の新品種を育成した場合に、その育成者に対して認められる独占的な使用権である。育成者権の存続期間は、現在25年である。私が偶然に発見した「いのちの壱」(龍の瞳Ⓡの品種名)は、2006年に品種登録された。通常であれば、2031年まで種苗法により登録品種の育成者権は保護され、独占的に使用できたのであるが、事情があり結果として権利を放棄した。自分から言うのは、少々おこがましいものの、この品種を世の中に出したということは、私の生きてきた証しでもある。

経過を少し述べたい。2000年9月に原種を発見。翌年、数坪で試験栽培し、生命力あふれる稲の姿に感動。今まで見たことのない品種だと思う。食べてみて、あまりの美味しさに新品種だと確信。2002年には2aの棚田で、品種登録に向けて本格的に試験栽培する。その結果を品種登録の出願書類に記し、2003年4月に農林水産省に出願した。通常は、農業改良普及員のような専門職が出願書類を作成する。個人で出来たのは、私が農林水産省で水稲の作柄調査に携わっていたからである。その巡りあわせの妙を、今更ながら感じている。

ここで、「突然変異」について考察したい。「突然変異」と「遺伝子組み換え」を混同する方が、最近増えてきたように感じる。前者は「神の力」で後者は「科学の力」というところか。遺伝子組み換えの目的は、特定の除草剤に負けない遺伝子を作物に組み込むことによって、畑ごと除草したとしても雑草だけが枯れ、作物は生き残る仕組みを作り出すことにあった。つまり除草剤と種の両方を売る戦略である。

一方、突然変異は、自然の状態で起こる場合と、コバルトなどを照射し人工的に遺伝子を傷つける方法がある。人工的方法では、品種として固定するまでに時間を要する。しかし、自然の中での突然変異は宇宙から飛んでくる、いわば「宇宙線」が遺伝子に働きかけて変異を起こす仕組みで、その時点で遺伝子が固定するという特徴がある。植物では、受精する過程で変異する場合と、枝分かれの際に変異する場合がある。後者の場合、例えばリンゴなどで変わり枝が出て、本来、実るリンゴとは別物ができる。

龍の瞳Ⓡ(品種名「いのちの壱」の登録商標)の場合は、もっと不思議であった。2000年9月に、自宅前のコシヒカリの棚田で、偶然に発見した時には2株から10数本の変異した穂が出ていた。どのようなことからそうなったのかは、未だに不明である。1989年、伊勢神宮の御神田から偶然に発見された「イセヒカリ」も、2株が変異していたとのことであり、興味深い。

「いのちの壱」の親を特定したかったので、遺伝子専門の分析機関に調べてもらったことがある。半年ほど経過したころ「特定できませんでした」との返事が来た。ただ、コシヒカリの遺伝子は含まれてはいないと断言されたので、ますます不思議な気がしたものである。当時、私はコシヒカリの栽培で種を自家採取しており、そのことも変異には有効に働いた可能性はある。万が一、「いのちの壱」が、農業試験場で誕生したものであったなら、世には出てこなかったのではないか。肥培管理が難しい品種は、世に出さないのが常。私が見つけだしたことは、「いのちの壱」という品種にとっても良かったと思う。龍の瞳Ⓡ(いのちの壱)が、私を引き寄せるために、特別なオーラを盛んに出していたのではないか、と考えている。

第三十二回 人は城…(2020.05)

戦国時代、「人は城、人は石垣…」と言ったのは武田信玄。戦国大名の家を守るのは、城でも石垣でもなく、「人」=「人材」であると。実際に信玄は、甲斐の国に城というほどの城は構えておらず、住んだのは館だった。城はなくても、敵が国内に侵攻できないほどに兵が強く、もっぱら領域外で戦いを収めていたのである。

経営者は、誤解を恐れずに言えば、戦国時代の大名。大きな権限があり、社員は、その判断が誤っていると思っていても、最終的には従わざるを得ない。生活の糧である給与を会社に握られているから致し方ないともいえるが、社員が社長の言うことを聞かなければ、会社経営はそもそも成り立たない。

とはいえ、時に誤った経営判断を正してくれるような人を育てるのも平時における社長の仕事である。しかし、創業からつい最近まで、私には人が何を考えているか、どのようにしてもらいたいと思っているのかを配慮する余裕がなかった。社長としては、失格である。

組織を作り、経営者としての初めての経験を積み重ねていくのが創業期。倒産の危険性が一番高いといわれるこの時期の13年余りを、何とか乗り切ってこられたのは、支えてくれた社員のお陰である。ただ、弊社に期待をして、就職してくれたものの、嫌な思いをして去っていった社員もいるだろう。龍の瞳Ⓡの原種を発見した2000年当時、私には仲の良い年上の友人がいた。彼は龍の瞳Ⓡの将来に、重要な働きをしてくれた。仮にMさんとしておこう。

彼の一番の功績は、龍の瞳Ⓡという商標としての商品名と、「いのちの壱」という品種としての登録名を分けた方が良いと提案をしてくれたことである。彼がいなければ、おそらく、商標は取らずに、品種名だけを登録していただろう。登録品種の種苗権は25年で切れてしまうが、商標権は永久に続く。従って両方を抑えておく意味は非常に大きかった。当時、農産物のブランドでも、商標を取得している例はほとんど無かった。もちろんブランド化していかなければ、商標を取得することは無意味である。

当時は、お米で言うと、例えば「魚沼コシヒカリ」のように、地域ブランドであることを意識して名付けられる例がほとんどで、地域に限定されない商品名が米のブランドとして認められるようになるのは、龍の瞳Ⓡがおそらく初めてだろう。

人材に対して、あえて「人財」という当て字を使う人がいる。会社の大切な「財産」としてその人の価値を認め、会社として厚遇しようという思いからである。適材適所で能力を発揮してもらうという意味での人材とは、力点がやや異なる。力量に見合う処遇を受けられるからこそ、本人も努力の甲斐があるというもの。

しかし、いろいろな齟齬が生じて、退職後に会社の悪口を言われ、会社に大きなダメージとなったこともある。社員とはコミュニケーションを十分に取り、考え方の違いがあれば、じっくりと話し合う必要性があったのだ。それをしないまま、人財をなくしてしまったことが、今になって悔やまれるのである。

件のMさんは、かなり強引なところがあり、自分の意見を押し通した挙句に、結果として会社に不利益をもたらすことも。もちろんすべては私の責任であり、的確な判断基準と能力を持ち合わせていなかった。今、私は社員に、「給料をたくさん出したい。そのためにスキルを高めて欲しい」と話している。言い換えれば、人材としての個性と力を大いに発揮して成長し、会社にとってより価値のある人財になってほしいと願っている。

実は冒頭の信玄の言葉にはもう少し続きがある。「人は石垣」の後に「人は堀」が出てきて、さらに「情けは味方、仇は敵なり」と結ばれるのである。恨みや悪意ではなく、情をもって人に接しなさいということである。

「龍の瞳に就職しているなんて、羨ましい」と地域で言われる会社になって欲しい、とはMさんの談。彼は昨年、鬼籍に入り、とうとう会うことはできなくなってしまった。

第三十三回 宇宙の法則(2020.06)

「宇宙の法則」という言葉を友人から聞いたことがある。十年ほど前のことだ。彼が言うには、「ことを実現するためには、たった一つだけのことをすれば良い。それは、“思う”ことだ」と。

それだけでできるのなら楽なことだ、と思ったものだ。意味も良く理解できず、気にかけてもこなかったが、最近、はたと「本当かも」と思うようになった。

そういえば、お米を通した地域おこしを語っていたころ、しばらくして、「今井さんは、夢みたいなことを言っていると思っていましたが、着実に実行していますね」と、感心されたことがあった。また、ある従業員には「社長は、こうしたい、と言われたことは全部叶えていますね」と言われた。

あれやこれやと想いをめぐらしていて、確信したことがある。「思えば叶う」という意味は、意志を持つことで自然と体が動き、目的が達成されることに繋がるということだ。

知識の習得もまったく同じで、学びたいという欲求が強いほどその速度が速くなる。人間には、不可能を可能にする素晴らしい能力が備わっている。

夢や強い意志を持ち、しかもそれが私的なことにとどまらず、より広い社会性を帯びていればいるほど、願いを叶えようとする力も湧いてくるというものだ。幸せというものは、絶対的なものではなく、あくまでも相対的である。人と人の関わりの中でしか、味わうことができないというのが、私の持論である。つまり、一人だけの幸せはあり得ないし、本来の幸せ感ではない。

自分のことは自分ではなかなか分からず、つまるところ、他人の目を通して、自分のことが分かるのである。それは、他人の目を気にする、という意味ではなく、人はもともと社会的な存在であるから、他人との関係のなかで「生きる」ことに意味を持たせられるのだと思う。

「引き寄せの法則」というものもある。目的に対する思いの強さが潜在意識を目覚めさせて、人が気づかないことを、当人には気づかせる。「天からひらめきが降ってきた」という表現をする人があったが、考えに考えていると、偶然に思いつくことがあり、私もそのようなことがあった。アルキメデスの「ユーレカ!」(※)もそうだろう。

「運」という言葉がある。考えてみるとなぜ「運ばれて」来るのだろう。それを掴むことができるのかどうかが、「運」そのものなのである。言いえて妙であると、改めて思う。

本の中に小さく「ママ」とルビが振られていることを、見つけたことがあった。何の意味だろう、と強い知識欲が湧いた。再びその同じルビに触れる機会があり、引用文において原文の「まま」であることを示しているのだと気づいた。それは「誤字・誤植ではないですよ」という確認なのである。小さなことではあるが、気にかけていただけに、おのずと答えに辿り着けてとても嬉しかった記憶がある。

私自身、「龍の瞳Ⓡを偶然に発見して運が良い」と人から言われることがある。51歳で農水省を退職して起業、少しは名の通ったお米を扱う創業社長としてなんとか14年間会社を継続してきたので、世間的には「成功者」と呼ばれるのだろう。

しかし、私は決してそう思っていない。まだ、道が半ばだということを、承知しているからである。

「宇宙の法則」なるものがあるとすれば、まだまだ多様で、奥が深いのだろうと思う。生きているうちに、アルキメデスならぬ「ユーレカ!」と叫べる瞬間が果たしてくるのかどうか。もちろん、諦めてはいない。「思い」をもって、それを探し続けていくつもりである。

 

※「ユーレカ」とは、アルキメデスが、王様から「冠が金で出来ているのか調べてほしい」と依頼され、風呂で溢れた水で金の容積を図る方法を見つけ、「ユーレカ(分かった)」と叫んだとの故事。

第三十四回 企業の盛衰(2020.07)

生物はもちろん、人の関わるもののほとんどに幼年期、成長期、成熟期、衰退期がある。何をしなければならないかを決めるうえで、現下がどの時期に当たるのかを見極めることは非常に重要である。

個別の商品も、このサイクルは当てはまるものの、時代の波が大きなインパクトを与えることもある。幸いなことに弊社の携わるお米については、日本では3000年以上前から連綿と続いてきただけに、昨今の目まぐるしい生活様式の変化のなかでさえ、時代の影響を受けにくい産物に違いない。

さて、前述したサイクルを弊社に当てはめて考察したい。

幼年期以前の「誕生期」、会社組織にもなっていない時期である。精米機さえも備えていなかった。仕方がないので、コイン精米で夜中に数十㎏の精米を行っていた。

幼年期、ようやく精米機などの機械一式を入れたものの、そこは納屋の一角であった。弊社が「農家の納屋から始まった」と言われる所以である。家族経営が主体でパートさんが二人いる、合資会社として業務を始めた。

成長期、2006年に全国・米食味分析鑑定コンクールで金賞を獲得。その後、NHKの食の情報番組『たべもの一直線』、朝日放送系列の『旅サラダ』などに相次いで出演し、全国的な注目を集めた。今から思えば、この頃、私は地に足が付いておらず、がむしゃらに頑張った時代であった。まさに「商品力」だけで成長を続けていた。落とし穴もいくつかあったものの、何とか乗り越えることができた。

現状を見ると、売り上げは以前のような伸びはないけれども、経営状態はずいぶんと良くなってきた。人財も、育ってきている。今が成長期のただなかにあるのか、あるいは次のステップである成熟期に入ったのか、はたまた岐路に立っているのか…。

経営というものは、一人の力では進めることができない。従業員の力があって初めて業務が回り、収益が出る。従業員のやる気やスキルを上げるにはどうしたら良いのか、これは、世の経営者が抱える、共通の悩みであろう。

特に、成熟期になると売り上げや利益が伸び悩む。どこに活路を見出すのか、どのように安定させるのかについて、考えなければならない。経理を学んだり、整理整頓に務めたり、おにぎり店の立ち上げやグローバルGAPの取得など様々なことに挑戦して、失敗も成功も重ねたこの数年間を経て、ようやく落ち着いて本来の仕事ができるようになってきた。

経営者は一歩前を進んでいなければならない。そのためには、三歩前を見据えておく必要がある。けれども二歩以上は、実際に進んではいけないと思う。本当に、微妙な立ち位置なのである。

さて、衰退期、やがては訪れるのが常である。最近のコロナ禍において、突然の危機に耐えきれない企業体質に陥っていて、大手でも倒産するという事例があった。同様の危機を、多くの企業が何とか乗り越えていることを考えると、酷な言い方かもしれないが、何らかの構造的な問題をすでに抱えていてそれが危機の中で露呈したのだろうとも推察できる。

社会から商品と組織が支持されていることは、重要である。愛され喜ばれていること、必要とされていること、目指すコンセプトが崇高であること。

弊社が今後、どのような会社になって行くのか、それは自らで決めることであり、想いを広げつつ足元を固めて切り拓いていかなければならない。

十年ぐらいたって、この原稿を振り返る機会があれば、何を行い、どのように歩んできたのか、懐かしく思い起こすに違いない。そのことが、楽しみでもあり、一抹の不安も感じる。しかし確実なことは、「日々是好日」の結果が、そこに繋がっていくということ。それだけは、サイクルのどの段階にあっても多分変わらないのだろう。

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